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伊賀プロレス通信24時「日常茶飯事(ちゃはんじ)」

 略して「イガプロ!」、三重県伊賀市に住むプロレスファンのプロレスブログ!

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DIAMOND RINGが興行一時休止へ・・・健介を含めた4人の新しい旅立ち

プロレス・格闘技DXより
 DIAMOND RINGは4日、埼玉・吉川の健介オフィス道場で会見を開き、3月9日のホームタウンマッチをもっての興行業務の一時休止と、北宮光洋のノア移籍、梶原慧のフリー転向を発表した。中嶋勝彦のみ所属として残り、DIAMOND RINGの“魂死守”を宣言。区切りの興行となる3・9ホームタウンマッチでは「中嶋vs北宮」のシングルマッチが決まった。

  2月の佐々木健介引退後、DIAMOND RINGでは今後の方針についての話し合いが続けられてきた。所属とされてきたのは中嶋、北宮、梶原の3人。ビッグマッチ開催やベルト創設が難しいことから、健介さんは「うちで育った選手はあれだけ厳しい練習や環境に耐えてきた。どこへ出しても恥ずかしくない。大舞台でベルトを目指すためにも巣立って欲しい」との意向を示していた。

  話し合いの結果、まず梶原が2月11日をもって契約解除に。すでに昨年からプロレスとは別の仕事にチャレンジしており、立場的にはフリーに転向する。また、北宮は健介さんの意向を受け入れて主戦場としているノア移籍を志願。ノア側も承諾し、4月から入団することになった。

  “若大将"中嶋だけは、DIAMOND RING残留を主張。「健介オフィスが終わる時は、中嶋勝彦が終わる時だと思ってやってきた。今後の自分のためにも、DIAMOND RINGとして自分の足で進んで行きたい」と“ひとりDIAMOND RING"として当面はノアマットで活動していく構えを示した。

  DIAMOND RINGの興行は3月9日のホームタウンマッチをもって一時休止となる。中嶋は「再びDIAMOND RINGの旗を掲げられるように進んでいきます」と将来的な再開を目指すが、北斗代表は「この世界は10年やってやっと一人前。これから思う存分、実力をアピールできる時期に入りますんで、今は弟子を取ろうとかじゃなくて、思うがままに撃って出ていって欲しい」と強調。そのうえで「勝彦が『ここぞ!』と思った時に、またDIAMOND RINGを今一度やればいい。勝彦が『やります!』と言った時は、全員で盛り上げます」と約束した。

  区切りの興行となる3・9ホームタウンマッチでは「中嶋vs北宮」の一騎打ちが決定。「ホームタウンマッチもひと区切り。ある意味“締め"だと思いますんで、北宮と過ごした時間をぶつけ合いたい。遠慮するつもりはないし、すべて受け止めた上で、俺と北宮にしかできない試合ができれば」(中嶋)、「節目となる試合になりますんで、最高のカードを組んでいただいたことに感謝します。全身全霊で兄弟子にぶつかって、最高の再スタートを切れるようにやっていきます」(北宮)とそれぞれ意気込んだ。健介オフィスとして旗揚げされた2007年2月から約7年。質実剛健な若武者を輩出してきたDIAMOND RINGが、区切りと節目を迎える。


【会見の模様】
▼北斗「本日はお集まりいただき、ありがとうございます。佐々木健介の電撃引退後に、健介の意向も踏まえてDIAMOND RINGの今後についての話し合いをしました。最初に梶原慧についてですが、去年の頭ぐらいから将来のことを考えて、新たな仕事を始めてプロレスとの両立にチャレンジしている状況です。私たちとしてもこれを後押しして2月11日をもって契約解除となりました。今後もプロレスをやるのか、やらないのかは本人の意向次第となります。そして引退後の健介の意向ですが、北宮、勝彦、先に巣立った宮原健斗も含めて『うちで育った選手はあれだけ厳しい環境で育って、どこに行っても恥ずかしくないし、やっていける』と。ただ、ウチの器量の無さではあるんですが、現状では地方大会、ホームタウンマッチ、一番大きい会場が後楽園ホール…という形でやってきました。健介の意向としては『プロレスラーになったからには大舞台で試合がしたいし、一試合でも多く試合がしたい。その上でベルトというものも目指していかないといけない』と。私も現役時代、やはり大舞台のメインに立ってベルトを巻くことを目標にやってきた。できれば大舞台でできる環境でベルトを狙って欲しい、それは私の願いでもあります。その意向を踏まえまして、北宮のほうはノアさんと話をしまして、4月から所属ということになります。勝彦に関しては“長男坊"ということで勝彦本人から話をします。まずは北宮から」

▼北宮「大きなところでやって欲しいと佐々木さんに言っていただきまして、僕の希望としてノアさんでやっていきたい希望を伝えました。ここでやってきた練習は僕自身、どこにも負けないものだと思ってますし、これからもやっていく自信があります。レスラーである以上はベルトを狙いたい。ノアでいうGHCを目指して、これからはやっていきたいと思います」

▼中嶋「佐々木さんには10年間お世話になりました。最初は3ヶ月…という約束でしたが、ずっとお世話になったからには、ここに残る覚悟でやってきた。ですので、僕一人でもDIAMOND RINGという団体を代表して暴れていきたい。その旨を佐々木さん、会社に伝えさせていただきました」

▼北斗「勝彦は『DIAMOND RINGの旗を下ろす時は、中嶋勝彦そのものの旗を下ろす時』と。オファーがあれば他団体に上がるスタンスは変わりません。この世界は10年やってやっと一人前。これから思う存分、実力をアピールできる時期に入りますんで、今は弟子を取ろうとかじゃなくて、思うがままに撃って出ていって欲しい。そして『ここぞ!』と思った時に、またDIAMOND RINGを今一度やればいい。勝彦が『やります!』と言った時は、全員で盛り上げます。ただ、今はプロレスそのものに集中して欲しい。『もう一回興行をやらなきゃ』って思ってしまうと、せっかくの良い時期を逃してしまう。熟成する時まで焦らせないでやって欲しいと思います」

――健介オフィスの体制は変わらない?
▼北斗「色んな噂があるようですが、健介オフィスは存続します。その興行部門であるDIAMOND RINGは一つの区切りになると。あと、この道場も実は佐々木健介個人の持ち物なんですね。それを健介オフィスが借りている。オーナーの健介は、勝彦のことを考えてここを残したいと。あとは自主興行などを打ちたい方に貸すことも考えていますが、興行として人に貸すとなると、色んな届出が必要になりますので、そこは慎重に見極めながらやっていきたいと思っています」


――改めてDIAMOND RINGを一人で背負う形となったが?
▼中嶋「今の僕があるのも佐々木さんの存在があってこそ。10年やって1人前。ずっとそう思ってやってきたんで、やっとレスラーとしてのスタートラインに立てたのかなと。初心に戻ってプロレス道をまい進していきたい。健介オフィスが終わる時は、中嶋勝彦が終わる時だと思ってやってきた。今後の自分のためにも、DIAMOND RINGとして自分の足で進んで行きたい。そして再びDIAMOND RINGの旗を掲げられるように進んでいきます」

――今後の目標は?
▼中嶋「団体以前に自分としての向上を目指したい。そのためにもノアさんのヘビー級戦線でやっている証(GHCヘビー)を獲れるように、歴史に名を刻めるようやってきたい」

――「中嶋vs北宮」一騎打ちに向けて?
▼中嶋「ホームタウンマッチもひと区切り。ある意味“締め”だと思いますんで、北宮と過ごした時間をぶつけ合いたい。遠慮するつもりはないし、すべて受け止めた上で、俺と北宮にしかできない試合ができれば」

▼北宮「節目となる試合になりますんで、最高のカードを組んでいただいたことに感謝します。全身全霊で兄弟子にぶつかって、最高の再スタートを切れるようにやっていきます」


 DIAMOND RINGが会見を開き、3月9日の道場マッチをもって興行は休止、中嶋は所属として残留するが、梶原はフリーに、北宮はNOAHへ移籍することが発表された。佐々木健介は引退し残っている選手も3人のみ、若手も輩出できない以上、自主興行の停止は仕方のない選択なのかもしれない。

 3月9日の道場マッチでひとまずDIAMOND RINGは幕を閉じ、健介を含めた4人は新しい道へと旅立っていく・・・

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佐々木健介、自身のワガママを押し通しての引退・・・1990年代のプロレスも遠くなりけり

プロレス格闘技DXより
 DIAMOND RINGの佐々木健介が13日、東京ドームホテルで会見し、現役を引退することを正式に発表した。“親子対決"となった2・11後楽園大会の中嶋勝彦戦で敗れ、試合後に引退を示唆していた。健介は「負けて嬉しかった。その時終わったと思った」と語り、「ここ数年ないくらいのベストコンディション」のまま引退を決断した。引退興行などは行わず、このまま引退する。引退後の進路については未定だが、「やったことの無いことをやりたい。スノボとか」と笑った。涙はなく、会見は笑顔が絶えぬまま進み、夫人の北斗晶から労いのキスを受けて大喜びしていた。


【会見の模様】
▼健介「本日は緊急会見にも関わらず、お越しいただき、誠にありがとうございます。2月11日、DIAMOND RING後楽園大会。その試合後に言った言葉がすべてです。長きに渡り、リングに上げさせていただき、ありがとうございました!」(※と言って深々と頭を下げる)


――引退を決意した理由は?
▼健介「常日頃から『今日が最後になるんじゃないか』と思ってずっと試合をしてきました。11日の勝彦との試合で負けた時、嬉しかったんですよね。どんなキツい練習にもついてきて頑張ってきた。色んなものも乗り越えてきた。その男が佐々木健介に勝った。メチャクチャうれしかったんですよね。でも、俺は今まで試合に負けたらメチャクチャ悔しかった。悔しかったから『よし!』と思って頑張ってきた。その“負けてうれしかった"って言葉が自分の頭をよぎった時、『もう佐々木健介っていうプロレスラーは終わったな』。そう思いました」


――引退を決断したのはあの試合直後?
▼健介「うん。でもたとえあの時勝ったとしても、試合の内容的に自分で納得できなかったら、その後出られなかったと思うし。勝ち負けを省いても、やっぱりあの時の試合内容で勝彦の気持ちを凄く感じることができた。だからこそ、うれしかったという気持ちがあったと思うんで。だからもう、もう…満足だなって。負けて言うのもなんですけど。俺はやるべきことをやってきた。リング上で言った通り、思い残すことは何もないです」


――コンディション的にはまだ現役続行可能に見えるが?
▼健介「実際、ここ数年ないくらいのベストコンディション。トシにも関わらず肉ガンガン食べて、練習もガンガンして、ベスト体重の115キロ。またこの体になれたことも自分自身、うれしかったし、『よし! まだまだ行けるのか!』って気持ちで11日の後楽園のリングに上がれた。そこで中嶋勝彦と戦って、あいつの気持ちをすべて感じることができた。プロレスラーやってて良かったな、って気持ちでしたね。勝彦がウチに来て10年。親子関係と言っても過言ではないくらいの環境だった。一緒にメシを食い、一緒に練習し、一緒に試合に行き…。でもさっきも言った通り、『負けてうれしかった』と思った時、俺のプロレス人生終わったなって。負けてうれしいなんて今まで一回もなかった。そういう気持ちにさせてくれた勝彦、そしてあの試合。試合をみていただいたお客さんに俺は感謝したいです」


――打ち明けた時、北斗は何と?
▼健介「『あんたが決めたならいいよ。あとは好きに生きなよ』って言ってくれましたね」


――今後は?
▼健介「そうですね…。まだ終わったばっかりなんで、どうしようかな? でも18歳でプロレスの世界に入り、今年で48歳になります。ずっと戦いの世界に身を置いてきた。自分のやりたいこともできなかったんで、いろんなことにチャレンジしたいですね。やったことが無いこと。去年、萩本欣一さんからも舞台のお話をいただきまして、やらせていただくんですが、舞台なんて初めてのことだしドキドキしてますけど…。そういうことも含めて目一杯やってみたいなと思います。あとは……スノボ(笑) オリンピックみてて十代の子達が銀メダル、銅メダル獲ってるじゃないですか。凄く応援したいし嬉しいし。ああいう風に頑張ってる姿をみたら滑りたくなりましたね(笑) みんなそんなに笑わなくても…(笑) いやね、僕ずっとプロレスやってきたじゃないですか。スキーとかスノボとか、そういう危ないことはずっと避けてきたんですよ。それで足を捻挫したり、骨折したりする可能性があるわけじゃないですか。そういうことはやって来なかったんで、ああいう気持ちいいものを見ると、やってみようかな…と思ってしまったわけで。これが終わったらスノボ入門かなんか買いにいこうかと思ってます」


――引退興行や引退試合は行わない?
▼健介「そうですね。自分の中で、11日の勝彦との試合が納得したからこそ、ああいう言葉が出てきたと思うし。もし引退興行やるとして、もしその試合が自分で納得がいかないものだったら、何にもならないと思うんで。だから僕は11日の試合で終わりたいなと思います。あの試合があったから、あの言葉が出た。この感情になった。僕はホント、スッキリしてますね」


【健介のみの囲み取材の模様】

――晴れ晴れとした表情に見えるが?
▼健介「こういう顔になれたっていうのは、勝彦との試合が凄く自分の中で満足できたってことだと思うよね。さっきも言ったけど、今までは負けて悔しかった。『この野郎チキショー!』って。だから誰にも負けずに人の倍練習してきた。だけど、勝彦との試合で“負けてうれしい"と思ったから、プロレスラー佐々木健介の終わる時だなって思ってリングの上でああいう言葉が出たんだよね。その言葉に後悔も何もないよね。うれしさしかない。勝彦はこれから伸びていく選手。その(中嶋の)年代の選手で、もっともっと熱いプロレス界にして欲しいですよね。俺も現役時代、凄いライバルがいた。越えられない先輩もいた。そのライバルや壁があったからこそ、練習してぶつかっていった。それでぶち壊していった。そういう諦めない気持ちがあったから、今の佐々木健介があると思う。勝彦は俺に勝ったけど、まだまだ壁は出てくる。それにチャレンジして欲しいですよね」


――コンディションは良いと言っていたが未練は?
▼健介「若い頃、海外遠征から帰ってきた時に言った言葉があるんですよ。『太く短く生きます』。その言葉が自分の心にしっかりあったし、その言葉通りにやってきたと思います。スピードを落とさず、力を落とさず、常に全力で練習をし、全力で試合をする。変わらぬ俺がいたんですよ。だから今年で48歳ですけど、ベストコンディション。その言葉(太く短く)を信じて自分自身を鍛えてきた。だから今のベストコンディションの俺がいる。勝彦に負けたけど、勝ち負け以上に内容もそうだし、あいつの気持ちもそうだし、全部感じるものがあった。結果、悔しくなかった。悔しくなかった…っていうのはダメなんですよ! プロレスラーとして。だから佐々木健介終わりだな、って本当に思えた。だから自分を偽ってやっても、何にもならないと思うし。太く短く生きると言った自分の言葉、気持ちにウソをつくことはしたくなかった。ホント、スッキリしましたよ」


――小橋ら同世代の引退もあって、いつかこの日が来ることを意識してきた?
▼健介「それはありましたよ。年齢的なものもあるわけじゃないですか。でも俺は自分に厳しくやってきた。俺の中でまったく後悔はないし。この世界は自分に厳しくないとダメだと思うんですよ。人に練習やれって言われてやってるような男じゃダメだと思うし。自分自身にムチを打ってやってくることができたから、俺はそうできて良かったと思いますよ」


――これからプロレス界との接点は?
▼健介「これから考えますよ。勝彦もいるんでね。見ていきたい気持ちはありますけど、僕はリングを降りるってことは、プロレスとは線を引かなきゃいけないとは思ってます」


――DIAMOND RINGの今後は?
▼健介「俺があれこれ言うことじゃないとは思うし、若い力やエネルギーでいろんなことを考えてやっていくとは思う。ただ、俺個人の意見として…健斗も巣立ったわけじゃないですか。巣立って大きい戦場に行ってやってる。だから巣立っていろんな経験をして欲しい。小さいところにいるんじゃなくて、いろんな大きいところへ出て行って、いろんな経験をして、最高のプロレスラー、最高の男になってもらいたいと俺は思いますね」


――体は鍛え続ける?
▼健介「まあ…多分ですけど、死ぬまでやってるんじゃないですかね(笑) やっぱりね、強い男でいたいってのもそうですし、強いパパでいて欲しい願いもあるだろうし。鍛えることはやり続けると思います」


――プロレス界からの反応は?
▼健介「北斗のほうにはあったみたい(笑) 俺にはあまり無かった。直接は言いづらかったんだと思うし。プロレスは確かに魅力ある仕事だけど、危険な仕事でもある。いろんなタイプに分かれると思う。燃え尽きるまでやる方もいると思うし。ただ俺は自分の気持ちを悟ることができた。そういう辞め方があってもいい。前例がないと躊ちょする部分もあるのかもしれないけど、こういう生き方もあるよ…っていうのも、後輩たちに教えてあげられたらいいと思いますね。やっぱり人生長いわけですから。その中で家庭ができて、待ってる人たちが望んでるのは“無事な帰り"なんですよね。そういうのも考えていかなきゃいけないのかな、と思いましたね」


――試合はせずとも引退セレモニー的なこともしない?
▼健介「何も考えてなかったんで。通常なら引退試合とか10カウントとかもあるんだと思いますけど、それはそれでいいのかな…とも思いますよ。自分が納得してリングを降りられる、その幸せっていうのもあると思えたんで……良かった!! ありがとう!」


 DIAMOND RINGの佐々木健介が会見を開き正式に引退を表明、引退試合や引退興行などは個人の意向で行われず、健介はこのままリングを去ることになった。またDIAMOND RINGの今後に関しては中嶋らで継続する意向だという。


 会見の感想は健介のワガママを押し切った、また健介の心が折れたという印象を受けた。体調問題にしろ先輩格である藤波辰爾や長州力、天龍源一郎だけでなく1990年代の新日本プロレスで戦ってきた武藤敬司や蝶野正洋も全盛期のようなコンディションでないもののまだ現役を続けている、しかし健介は自分のワガママを押し切った・・・口には出さなかったが手術を受けた首の影響、昨年の元所属選手のブログによる告発、DIAMOND RINGの運営、いろんなことが重なったのかもしれないが自身のワガママで48歳での引退はもったいない。


 健介の今後は未定・・・様々なことに挑戦したいということから、このままマット界から一線を画してしまうということなのか、一線を画したいから引退試合は引退興行を行わないのか・・・


 健介が決めたことだから自分らはとやかく言わないが、一つ問いたいのは本当に後悔はなかったのか、それだけである。


 昨年でかつての全日本プロレス四天王(三沢光晴、川田利明、田上明、小橋建太)がリングを去り、闘魂三銃士も武藤や蝶野は現役を続けているも、橋本真也が亡くなり、そして健介の引退。1990年代のプロレスも遠くなってしまった。健介はジャパンプロレスから入門し、ジャパンの分裂によって新日本プロレスへと移籍したが、新日本での健介は馳浩と共に三銃士を追いかける立場にいた、健介が海外武者修行から凱旋したが同じ時期に武藤も凱旋したことによって、武藤や橋本、蝶野に注目が集まり、健介は影の存在に追いやられそうになっていた。健介は馳とのハセケンタッグ、パワー・ウォリアーに変身してホーク・ウォリアーとのヘル・レイザーズなど存在感を出し、橋本を破ってIWGPを獲得するも、三銃士の影響力や当時現場監督で師匠でもあった長州が内部から批判を受けていたこともあって評価されることはなかった。


 現在の健介が評価されるようになったのは長州と袂を分かって、愛妻である北斗晶が健介をプロデュースしてからだった・・・、その健介も引退する・・1990年代のプロレスも遠くなり、時代の流れを感じる。

佐々木健介、引退発言の裏側を東スポが書いた・・・最後をどう飾るか・・・


東京スポーツより)
 鬼嫁・北斗晶(46)の夫で人気プロレスラーの佐々木健介(47)が11日、自身のプロレス団体「ダイヤモンドリング(DR)」東京・後楽園ホール大会で現役引退を表明した。あまりに突然の引退宣言の裏側にはいったい何があったのか。
 

 健介はこの日のメーンで愛弟子の中嶋勝彦(25)と7年ぶり2度目の一騎打ちで対戦。激闘の末に原爆固めで初めて3カウントを許した。試合後のリング上で、健介は中嶋の成長をたたえた上で「皆さん、この28年間、佐々木健介を応援してくれてありがとうございました」とあいさつ。引退とも受け取れる発言に、ファンや関係者は驚きを隠せなかった。
 

 発言の真意を確かめるため本紙は駐車場で直撃。「俺の気持ちは今、(控室で)会社に伝えたから。思い残すことはないよ。引退の決意は変わらない? 俺はね」と健介は笑顔を見せた。
 

 DRの運営会社・健介オフィス社長でもある愛妻の北斗は「会社としても健介ときちんと話してから」とした上で「私はプロレスラーだったので、言えるのは辞める時は自分で決めること。人に止められて辞めるものでもない。それが佐々木健介の生き方なら、そうなる(引退)と思う」と話した。
 

 健介はリング上で最終決断をしたとみられ、団体スタッフは大混乱に陥ったが、近日中にも会見を開き、引退を正式発表する見込みだ。
 

 引退の引き金となったのは、古傷の首の影響が大きい。2008年ごろから頸椎椎間板ヘルニアを患い、12年10月にレーザー手術を受けた。翌13年2月にリング復帰したが、首から伸びる神経が左腕を圧迫。筋力は低下し、ベンチプレスを使った練習が満足にできなくなっていた。
 

 健介は「自分のプロレスができない? ケガはレスラーみんなが抱えてることだから、あまり言いたくはないけど…。今日も俺としては、できる限りの全力で戦ったつもりだよ」と打ち明けた。
 

 また、健介はごく親しい関係者に「太く短いプロレス人生にしたい。いい時に辞めたい」と、自身の引き際の美学を漏らしていた。
 

 健介は1986年2月にジャパンプロレスでデビュー。新日本プロレスのIWGPヘビー級王座を5度戴冠(第20代、26代、27代、36代、39代)全日本プロレスで第36代3冠ヘビー級王座、プロレスリング・ノアでは第13代GHCヘビー級王座に就いた。メジャー3団体のシングル王座を全て獲得したのは日本人では最初となる快挙だった。


 東京スポーツが佐々木健介の引退発言の裏側を報じた、理由は2012年10月に手術をした首、古傷の影響が出て筋力が低下しベンチプレスを使ったトレーニングが出来なくなった、多分だが健介が試合数を減らしたのも自身が満足する体調ではなかったからなのではと思う。


 今年引退を表明した井上亘、昨年引退した小橋建太が引退のきっかけを作ったのも首、2009年に試合中の事故で死去した三沢光晴も首の古傷が原因だった。まして三沢の事故を間近で見ていたこともあったことから健介自身も引退を考えてもおかしくはない。


 昨夜健介オフィス代表で妻である北斗晶がブログを更新
そこのけ、そこのけ、鬼嫁が通る『時間をください』より>

本日は…ダイヤモンドリング後楽園大会に超満員のお客様にお越しいただき、心より感謝申し上げます。


Yahooニュースにもアップされてましたが、本日の試合終了後に…
健介が引退をにおわせる発言をしたことで、沢山の方々にご心配をお掛けしてしまい申し訳ありません。


本人とも話して…


プロレスラー佐々木健介の行く末を本人にきちんと聞きたいと思います。


少しだけ…お時間をいただけますか?


と更新したが、北斗も事前に相談がなく突然の発表だったこともあって戸惑っていたが最終的には本人の意志を尊重することは示していた。


 北斗も現役時代に首を骨折し、常に首に爆弾を抱えながら現役を全うしたのもあって健介の気持ちは痛いほどわかる、北斗は慰留よりもレスラー・佐々木健介の最後をどう飾らせてあげるかを考えていると思う。


 近日中に会見が開かれるが、健介の口から何が語られるのか・・・


追記
 プロレスラーの佐々木健介が正式に引退することがわかった。12日、健介オフィスを通じて発表した。 (ORICON STYLE)


健介オフィスから佐々木健介の正式に引退することが発表され、明日13日に会見が開かれることになった。健介の口から何を語られるのか?また中嶋勝彦、梶原慧、北宮光洋のDIAMOND RING勢はどうなっていくのか・・

中嶋勝彦が念願の健介越えも、佐々木健介が引退を匂わせる発言…

2月11日 DIAMOND RING「中嶋勝彦テビュー10周年記念大会」後楽園ホール 2100人 超満員札止め

◇第1試合◇
▼30分1本
○なまずマン CHANGO “ハリウッド"ストーカー市川
(9分54秒 エビ固め)NOSAWA論外 アントーニオ本多 X菊タロー
※ダイビングボディアタックを切り返して

◇第2試合◇
▼女子スペシャルタッグマッチ/30分1本
○堀田祐美子 コマンダンテ(9分57秒 エビ固め) 夏樹☆たいよう XSareee
※ピラミッドドライバー

◇第3試合◇
▼全日本プロレス提供試合/30分1本
○潮崎豪(10分50秒 体固め)X宮原健斗
※ゴーフラッシャー

◇第4試合◇
▼30分1本
○橋本大地 タンク永井(13分23秒 片エビ固め) 北宮光洋 X熊野準
※シャイニング・ウィザード

◇第5試合◇
▼30分1本
○丸藤正道 石森太二(18分20秒 片エビ固め)X梶原慧 フジタ“Jr"ハヤト
※タイガーフロウジョン

◇第6試合◇
▼60分1本
○中嶋勝彦(19分13秒 ジャーマンスープレックスホールド)X佐々木健介

(試合後)
中嶋「佐々木さん、ボク、佐々木さんと出会って、あれから10年。俺の選んだ道は正しかったです! おかげさまで10周年、迎えることができました。本当に、ありがとうございました!」

(ともに正座して健闘を称え合うと、今度は健介がマイクを手にする。)

健介「勝彦、オマエ強くなったな…。俺は28年やってきた。でも今感じてることって、こんなに気持ちのいい負けってないなって感じてるよ。勝彦、ありがとう!! 誰よりもつらい練習をして、誰よりも厳しい環境で育ってくれた。俺が本当に感謝しているくらいだ。プロレス、このリングもそうだけど、俺は…思い残すことないよ。勝彦、ありがとう! 俺はもう思い残すことは何もない。皆さん、この28年、佐々木健介を応援してくれてありがとうございました!」

(場内は騒然。健介は構わず中嶋に右手を差し出したが、中嶋は後ずさりしながら応じず。呆然とする中嶋としばし見つめた健介は、大ケンスケコールの中、一礼してバックステージへ消えた)

(バックステージにて)
【中嶋の話】「全然意味が分からないです…。整理がつかないんで、時間ください」

※健介は記者の質問をさえぎってノーコメント


DRの恒例の2月の後楽園大会のメインは健介と中嶋の‘親子’対決、試合は健介がヘッドロックで執拗に絞めあげ、中嶋がキックを繰り出せば健介はチョップで打ち勝ち、キックで攻勢を狙う中嶋に対して場外パワースラムを敢行するなどリードを譲らない。健介はラリアットの連打、逆一本背負い、ストラングルホールドで猛ラッシュをかけるが、中嶋も顔面キックから監獄固めで反撃し、健介のラリアットもハイキックで迎撃するなど試合の流れを変える。健介のラリアットも右腕へのキックで迎撃した中嶋はジャーマンで投げ、ノーザンライトボム狙いも垂直落下式ブレーンバスターで突き刺すと、最後はジャーマン2連発で3カウントを奪い、念願の健介越えを達成した。

だが試合後に健介が引退を匂わせる発言をしたことで館内が騒然、中嶋も事前に聴かされていなかったのか戸惑い、健介からの握手も応じず、微妙な空気のまま大会は幕となり、バックステージでも健介はノーコメントのまま会場を後にした。

健介やDRを取材してきた佐久間一彦氏はTwitterで

と更新したが、最近は健介自身の試合数も減っていたのも事実、天龍源一郎いや他のレスラーも負けん気の強さがあるからこそ現役を続けている。健介の発言は健介の中の負けん気がなくなってしまったような発言だった。一体健介に何があったというのだ?今年で48歳になる健介、まだまだ老け込む年齢ではないが…

宮原健斗が西川潤のブログを全面否定・・・騒動の原因はいったい何だったのか?

 9月11日 発売の週刊プロレスより
-やさしく言葉で教えてもらうことがあれば、ゲンコツを食らうことがあったと思います
宮原「そりゃそうですよ。だってプロレスラーですから。そういう厳しさもあって当然じゃないですか。それが僕の強さになってますから」
-多くのレスラーがそういう厳しさを味わってきたわけですからね。
宮原「トップに立ってきた人間は、誰もが歩んだ道だと思いますよ。悔しさとか厳しさとか味わった経験が表情や雰囲気になるわけですし、“小学校”から逃げ出すようじゃ、プロレスラーとしてトップに立てない。僕はそういう風に考えている派なんですよ」


 今日発売の週刊プロレスで今日(11日)から開幕する王道トーナメントに参戦する宮原健斗のインタビューが掲載され、DR(健介オフィス)とはあくまで円満退団を強調、インタビューの後半で名前は出さなかったが西川潤のブログに対する答えを示していた。


 西川潤のブログは閉鎖となっていた、いろんな憶測が流れているが自分は過去の経験上、健介オフィス側が西川のブログを管理しているアメブロ側に「事実と異なる」「実名も出している」「誹謗・中傷・名誉毀損にあたる」ということでクレームを出して削除を要請し、アメブロ側も「ここの項目は削除してほしい」とメールで勧告したが、西川側がメールを見なかったのか、それとも抵抗する意味で応じなかったのか、途中会員限定にしたという話も出ていることから、西川本人が抵抗したためアメブロ側が強制的に閉鎖したのではと思う。


 本題に戻るが“しごき”に関しては時代に合わなくなってきているのも事実だが、“しごき”を耐えてスターになっていった選手たちもいるのも事実、藤原喜明でさえも新日本プロレスの若手時代には鬼軍曹だった故・山本小鉄氏の“しごき”に耐えかねて、包丁を忍ばせて小鉄氏を刺すことも考えたこともあり、アントニオ猪木も力道山の付き人時代は理不尽な仕打ちも受けていたエピソードがある。


 宮原はその“しごき”を耐え抜いたという自負があるからこそ、DRを去り新しい居場所を求めにDRという学校を卒業していったに過ぎない。


 “しごき”が必要なのかどうか?中嶋や宮原のように肯定するものあれば、告発した西川のように否定する人間もいる、西川は健介オフィスの指導方法が合わずに去り、また健介自身も知名度が高くなった分叩かれやすい立場になったというのが騒ぎの根本なのではと思う。

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