伊賀プロレス通信24時「日常茶飯事(ちゃはんじ)」

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休養から1年・・・藤田和之が始動!

<東京スポーツより>
“野獣”藤田和之(46)がいよいよリングに帰ってくる。藤田は昨年9月25日の総合格闘技イベント「RIZIN」さいたま大会で元大関把瑠都(32)に敗れ、涙ながらに引退を示唆。その後は表舞台から姿を消していたが、23日に突然本紙のインタビューに応じると、一転して強気に復活を宣言した。約1年間の潜伏期間を経て、引き締まった肉体を見せつけた野獣は「まずケリをつけないといけない相手が4人いる」と高らかに宣戦布告を放った。さあ、戦闘再開だ――。


 ――電撃復帰するとの情報が流れている


 藤田:復帰…? いや、そもそも俺はひと言も「引退する」なんて言ってないですよ。


 ――昨年、把瑠都(RIZINでのリングネームはバルト)に負けた際、涙ぐみながら「すっきりした」などと発言したのでそう思っていた人は多い


 藤田:俺としては「ひと区切り」とは言ったけど「引退」とは言っていない。いったんリセットするっていう意味だった。いい迷惑だ、まったく。


 ――迷惑というと


 藤田:仕事がなくなった。把瑠都戦の後、オファーがこなくなって「何でだろう?」と思っていたら、引退したことになっていたんだ。風評被害だ。マスコミのせいだ!


 ――……。引退したことになっていたと気づいたのは


 藤田:年明けくらいかな。俺が引退したら面白いと思って、そういうことにしやがって。


 ――昨年10月には師匠のアントニオ猪木氏(74=参議院議員)をあいさつに訪れている


 藤田:あれは、IGFを離れるあいさつに行っただけですよ。猪木さんはあいさつを大事にされる方だから。猪木さんにはその意志は伝わっていたと思う。


 ――ということはオファーがあれば…


 藤田:どこでも出ますよ。MMA(総合格闘技)も、プロレスも。リングも、金網も、何でもやりますよ。オファーはないけど、コンディションもいいから。


 ――確かに強靱な肉体はさらに引き締まった


 藤田:やることがないから毎日トレーニングばかりしていた。早寝早起きで規則正しい食生活。酒も飲まなかった。


 ――えっ、禁酒を?


 藤田:…飲まれるほどは飲んでない。


 ――堂々たる復活宣言だ。標的は


 藤田:オレとかかわった4人とまず決着をつけたい。石井慧(30=総合格闘家)、把瑠都、諏訪魔(40=全日本プロレス)、大仁田厚(59=大仁田厚プロレスリング)。この4人はその後、ろくでもないことになっているからね。石井は(北京五輪柔道)金メダリストの面影もないし、把瑠都は把瑠都でタレント業ばっかりやっているらしいじゃないか。


 ――大仁田に宣戦布告ということは電流爆破マッチもOKなのか


 藤田:何でもやるよ。(年齢的に)時間に限りがあるのは事実だし、縛るものは何もないわけだから。もちろんその4人で終わりじゃない。決着をつけたい相手はその先にもいる。まずはその4人ということ。


 ――何はともあれ、この1年間は自分と向き合う時間になった


 藤田:自分を見つめ直すことはできた。時間も自由にあったから、もう一度体をつくり直したし。食事の管理からトレーニングから走り込みまで、たっぷりとできた。 


 ――古巣IGFのお家騒動については…


 藤田:サイモン(取締役)は何やってんだ! 


 昨年9月25日のRIZINで把瑠都に敗れ、表舞台から消えていた藤田和之が東京スポーツのインタビューに応じ、一時取り沙汰されていた引退を否定、復帰を宣言した。


 藤田の引退に関しては把瑠都に敗れた際に涙を流し「一区切りをつける」と引退が取り沙汰され、藤田よりのフリーライターである金沢克彦氏は「引退」としながらも、IGFのサイモン・ケリー氏は「引退はしてない」など意見が真っ二つに分かれていた。自分は曖昧な態度だったこともあってまだ可能性があるとして"引退としている"というスタンスを取っていたが、結局藤田の一区切りは休養という意味だったのかもしれない。(GKは怒るかもしれないが)


 藤田の今後に関してはMMAだけでなくプロレスのリングにも上がるとしており、MMAでは早速RIZINがオファーを出すことを表明しているから、年内にRIZINのリングに上がる可能性が高いと見ていいだろう。


 プロレスに関しては現時点では?の状態、IGFはアントニオ猪木の手から離れており、現時点では国内で活動する予定もなく、またアントニオ猪木も年内でビッグイベントを開催するとしているが、まだはっきりしているわけでない。
 ただ気になるのは藤田の対戦したい相手として諏訪魔の名前が入っていること、実は9・5新木場、12後楽園、9横浜、16北本にXの参戦が発表されており、8・27両国でXの正体が発表されるというのだ。そのXが藤田の可能性も否定はできないが、全日本両国大会を控えてのタイミングで藤田の復帰宣言、きな臭い感じもしないでもない。


 もう一人の候補である大仁田厚は10月31日の後楽園大会で引退するため、残り2ヶ月の間に藤田相手に仕掛けられるかどうか、大仁田はまだケンドー・カシンとのつながりを持っていることから、これもまだ可能性はないともいえない。


 最後に藤田は基本的にプロレス下手、強さはあるが見せる部分に欠けている。その藤田に興味を抱く団体はあるのか?デスマッチでも何でもやるとしているが・・・

藤原に挑んだ垣原が高山にエール…丸藤がUWFルールに挑戦!

8月14日 垣原賢人復帰戦~カッキーライド 後楽園ホール 1054人


<アピール、コメントなどは週プロモバイルより>
◇第1試合◇
▼UWF道場スパーリングマッチ/時間無制限
藤原喜明(10分25秒 10-0)垣原賢人


◇第2試合◇
▼UWFルール/30分1本
○船木誠勝(2分44秒 三角絞め)×田中稔


◇第3試合◇
▼UWFルール/30分1本
○中野巽耀(4分38秒 しゃちほこ固め)×中村大介


◇休憩後◇
(休憩明け、カッキー応援隊代表・山崎さんが入場して挨拶。山崎さんは垣原の復帰戦に関して「僕も18、19の頃、あんな感じでやられて、ひとつ一つの関節技が痛いんですよ。あの痛みに耐えられるのならどんな治療も耐えられるし、だいたいのことは耐えられるスパーリングだった」と語り、スペシャルゲストを呼び込むとキャプチュードが鳴り、前田日明さんが大「マエダ」コールでリングイン。)


前田さん「2年前はいまにも死にそうだというのでオタオタすんじゃねえと言ったんですけど、きょう見たらピンピンしてたんで、元気そうで何より。人間はあきらめたらだめですね。常に奮起することによって新しいものが見えてくる」


◇第4試合◇
▼UWFルール/30分1本
○鈴木秀樹(6分59秒 風車固め)×野村卓矢


◇第5試合◇
▼UWFルール/30分1本
○鈴木みのる(7分43秒 脇固め)×ロッキー川村


【鈴木の話】「ルールを決めたのはてめえらだろ? それはてめえらの都合でしかねえんだよ。俺には俺の都合があるんだ。だから、俺は俺の都合のいいようにしかやらねえ。てめえらのやりたいようなんかさせねえ。俺は俺のやりたいようにやるだけだ」


◇第6試合◇
▼UWFルール/30分1本
○丸藤正道(8分44秒 KO)×冨宅祐輔
※虎王


(試合終了後)
垣原「これがUWFです。最高の試合でした。冨宅さん、最後残念だったけど、すごいよ。僕の同期です。(出場選手たちや関係者たちをリングへ)僕には、こんな最高の仲間がいます。だから病気になんか負けるわけない。心配なのは、高山選手です。みんなで、高山選手のことを応援していきましょう! 高山はあれですよ、彼は帝王です! 僕がここまで回復してリングに戻ることができたんです。高山、帝王、オマエは絶対大丈夫。高山、絶対大丈夫だよ! 高山! 高山! 絶対大丈夫だからな! 負けるなよ! 高山は絶対大丈夫、大丈夫! みんなが応援してるし、絶対応援しよう。絶対大丈夫、高山は絶対このリングに戻ってきます。みなさんよろしくお願いします。これからも走っていきます。きょうはありがとうございました!(UWFのテーマが鳴って大「カキハラ」コールでエンディング。)


【垣原のコメント】
――藤原選手と戦った感想は?


▼垣原「メチャクチャ強かったですね、ホントに。手も足も出ないっていうのはこういうことを言うんですね。何もできない自分がホント悔しかったですね。諦めない心というか、そういった気持ちで立ち向かっていったんですけど、それがお客さんにどこまで伝わったかわかりませんけど」


――諦めない心を自分としては見せられたと思う?


▼垣原「どうでしょうかね? それはお客さんが決めることなので、何とも言えないですけど」


――会場からは声援が起こっていたが?


▼垣原「リングで聞く声援は最高ですね。やっぱりこれは大好物です(笑) やみつきになりますね。だから、これで終わらせちゃいかんなって。もともと復帰戦のつもりでいましたので、今後継続してチャンスがあるなら、またリングに上がって行きたいなと思ってますけど」


――大会の主催した側として、全体を見ると?


▼垣原「もっともっとお客様に感謝の気持ちとか、いろんな部分で伝えたかったなというところがあって、反省するところはまだまだあるので、何とも言えません。そういうのを次に活かしていきたいなと思います」


――もう少しで1本取れそうな場面もあったが、結局取れなかった。それについては?


▼垣原「まだまだ練習不足というか。今年1月からトレーニングを始めたばかりというか、それはそんな甘くないですよね。また胸を借りたいですね。1本取るまでは。1本取りたいですね」


――あれだけ攻め込まれながらも藤原選手に立ち向かっていった。垣原選手の姿勢が観客にしっかりと伝わったのではないかと思うが?


▼垣原「どうでしょうかね? それはお客さんが決まることなんで」


――試合が終わって体調やダメージは?


▼垣原「体中が痛いですね。あれだけヒジとか足首とか、体中の関節技を極められたわけですから、痛いです。もうミシミシ言いましたから。でも、まだ興奮しているんで、あと2〜3時間はアドレナリンが出ているんであれですけど、たぶん明日なんかは歩けないでしょうね」


――今後はどんな活動をしていこうと考えている?


▼垣原「3日後にまた検査があるので。で、検査の結果を踏まえて、その様子を見ながら徐々に。主治医を含めて、チームでこれからどうしていくのかを決めていきたいと思います。気持ちの中では『もう一丁』っていう感じですよね。もう一丁どころか、何丁でもやりたいなっていうか。そういうところはあります」


――病院から試合のOKは出ている?


▼垣原「正直、許可は出てないですね。見切り発車で。止めろと言われないようにはぐらかしてという感じで。こうやっていろんなマスコミに出ちゃって、それを主治医が見て、『やるの?』なんて言われて。『そうみたいですね』ってなんか誤魔化して(笑) 頭の中で自分は病気だって考えないようにはしてます。ただ、なかなか悪性リンパ腫というのがしつこいっていうのは主治医からずっと言われてますんで。舐めた感じではいたくないので、その辺はしっかりと足下を見つめながらやっていかなきゃいけないと。ただ、こういうチャレンジはしていかないとどうしても怖いので、ドンドンこういうチャレンジをして、立ち向かっていきたいなという気持ちですね」


――リングに上がるまでのコンディション作りは大変だった? 無理しなければいけないが、無理し過ぎてもダメという状況だと思うが。


▼垣原「凄くそのさじ加減が難しかったですね。ホントに誰にも相談できないので。自分の体調を見ながら、試行錯誤しながらという感じですね。それがうまくいったかどうかわからないですけど」


――自分自身としてはリングに上がる時点でどのぐらい仕上がってた?


▼垣原「どうでしょうかね? やっぱりまだ0点に近いのかなという感じですね。こんな状態で、こんなコンディションで上がったら、プロとしては恥ずかしいというか、情けないという感じはします。いろんな部分で反省して、また明日から頑張りたいなという気持ちです」


――娘さんからの手紙については?


▼垣原「あんなこと思ってたんだなって。普段はあんな会話はしませんので、改めてああいうことを言ってもらえて、彼女なりにいろんなことがあったんだなっていう」


――手紙の中で、仕事に行く時に「頑張れ」ではなく「輝け」という一言を言われるということだったが、どのような思いで口にしている?


垣原「やっぱりスターたる者は輝かないといけないので」


――前田さんからは「もう治っているようなものだ」という言葉があったが?


垣原「前田さんが言うなら間違いないなということで。前田さんはいろんなアドバイスを何年もの間、ずっとしてくださったので。それを1つずつ試していきながら、自分に合うものを探っていきましたので、参考になりましたし。ああいう前田さんの言葉を聞くと、ちょっと安心できますよね、病気に対して。いろんなことが見えている人だと思うので。でも、調子に乗らないように。これからも治療を続けていくし、調子に乗らないようにしていきたいなと思います。まだまだ長いので。本当に始まったばっかりなので。今日からスタートだと思ってますから」


――改めて高山選手への思いは?


垣原「本当に今は大変な状況だと。僕の闘病中、一番高山選手が僕のために髪を振り乱して動いて。情報を集めたり、本当に自分のために動いてくれたんでね。今度は恩返しする番というか、今度は高山選手の力になってあげたいなという部分で。凄く時間がかかると思うんですけど、応援していきたいなって。自分ができることは小さいんですけど、こういうことを発信していきたいし、仲間がいるんで、高山選手をサポートしていきたいなと思います。彼がリングに戻ってくるまで、続けなきゃいけないことだと思ってます」


――ファンが参加できるような形を考えている?


垣原「まだ具体的にどういったことっていうのは…。僕が勝手に進めることはできませんですけど。今日は自分の気持ちを発信させてもらっただけなんですけど、今後それによって、皆さんいろいろ立ち上がって。いろんな支援の仕方があると思うんですけど、みんなで知恵を絞って、彼が元気に戻ってくるようにバックアップして行けたらなと思うんで。本当に皆さんのお知恵を借りたいし、力を借りたいと思ってます」


――藤原選手と対峙した時に感慨深いものはあった?


垣原「Uの忘れ物であるスパーリングができたというのは感激しましたし、ホントに組長が強いなって実感しましたね。骨太だし、ヒジを使ったり、体重の乗せ方だったり、関節の極め方、騙すような動きだったり。超一流の技術を体感できて、今は最高の気分です」


――威圧感やオーラはあった?


垣原「ファイターとしてだけではなくて、癌を克服したというところもあると思うんですよね。人間としての大きさを感じました。正直、もうちょっと何とかなるんじゃないかなと舐めた部分もあったかもしれないですけど、いやいや、とてもとても…。本当に巨大に見えました。年齢だって、正直、70近くになっているので、年齢的な部分を考えると、若い自分が有利な部分もあるんじゃないかと思ってましたけど、組み合ってみたら凄いですね。あの威圧感が。技術も素晴らしかったです」


――癌を乗り越えて現役を続けているだけに、刺激を受ける部分もあった?


垣原「今日は大きな刺激を受けました。組長の胸を借りてよかったなとシミジミと思います」


【丸藤の話】「(こういう大会のメインを任せられて)俺っていうか、冨宅さんありきの部分で。俺は垣原さんのためと、垣原さんを応援しようとしている周りの人たちの声と、俺のこういう試合を見てみたいという。高山さんもこういうのをやってみなよ、とよく言ってたんで。きょうは来ることができなかったけど、必ずまた来てもらえると思うし、その時はまたレガースを履くかもしれないし。まだ練習が全然足りないけど(苦笑)。急きょだったんで。でもやりながらプロレスのキーロックや足4の字というのはふとしたところでかけれるもんなんだなって。


(UWFにない技術を?)だって、俺のなかにはUWFないもん(苦笑)。こんな言い方しちゃ悪いけど、でも、受け入れてくれた垣原さんもそうだし、冨宅さんもそうだしUWFファンのみなさんがああやって受け入れてくれたのは、それだけでもありがたかったし。今年で19年、来年で20年。俺も37、38になってなかなか新しいことに挑戦するきっかけがつかめないなかで、こういう試合をさせてもらえたのは感謝しかないです。


(得るものもあった?)全部、得るものしかなかったですよ。失うもの…負けたらそれは失うけども、とにかく感謝と喜びに尽きる大会で。あとはこれを、小さな力かもしれないけども、垣原さんや同じ病気を持つ人、そして高山さんに少しでも何か力になれば、俺的にはいいと思います」

 


 悪性リンパ腫で闘病している垣原の復帰戦が行われ、藤原とUWF道場スパーリングマッチ形式としてノーレフェリー、ギブアップしても試合が続行される試合形式で行われた。
 握手から始まり、垣原がグラウンドを仕掛けるも、藤原がアームロックで1本、グラウンドでも1本を奪い、その後も藤原が足を決め、垣原のスリーパー狙いも藤原が足を決め、垣原のアキレス腱固め狙いも、逆に決めるなどして藤原が5-0と容赦なくリードを奪う。
 藤原はヘッドロック、垣原の三角絞め狙いを圧力で潰してから腕を決め、垣原の腕十字狙いも藤原が足首を決め、藤原が腹固めで捕らえて9-0となり、試合終了と思われたが、垣原がもう1本と迫り、試合は続行、垣原は膝十字で捕らえるが藤原がネックロックで捕らえて垣原がタップ、10-0となって改めてスパーリングは終了した。
 試合後には藤原から激励を受けた垣原は頸髄損傷および変形性頚椎症で療養している高山善廣にエールを贈った。
 高山は週刊誌によって「首から下が動かない」状態で、自力での食事・排泄も困難と公表され、現在も入院生活が続いているという。垣原さんは悪性リンパ腫と戦い、高山は頸髄損傷と戦う。昨日新日本に現れた柴田勝頼もそうだが、絶対リングに戻るって気持ちがあれば、可能性だってまだまだ大きくなっていくものでもある、自身が持っている希望だけは捨てないで欲しいし伝えて欲しい。これは自分が入院した際に垣原さんからSNSで励ましの言葉を頂いたお礼みたいなものかもしれないが、垣原さんがリングに立って試合が出来るのだから、高山だってまだ可能性はあるはず、その可能性を信じて頑張って欲しい。
 

 メインはかつてUインターまたキングダム志望だったNOAHの丸藤がUWFルールでの試合に挑戦し、今回は冨宅飛駈ではなく本名の冨宅祐輔と対戦し、丸藤はレガース着用で試合に臨んだ。序盤はローキックで牽制し合いグラウンドとなるが、冨宅が膝十字からアキレス腱固めで捕らえると丸藤はエスケープでロストポイント1、丸藤は掌底からアームロックを狙うも、足を奪いに来た際に冨宅がアキレス腱固めで捕らえ、丸藤はエスケープでロストポイント2、また丸藤のクルックヘッドシザースも冨宅がアンクルホールドで切り返し、丸藤がエスケープでロストポイント3となるなど苦戦を強いられる。 
 丸藤は腕十字からキーロック、スタンディングでタックルから足四の字で冨宅がエスケープでロストポイント1になると、冨宅が膝蹴りで丸藤がダウンし残り1点となってしまう。そこで冨宅が打撃で攻勢に出ると、丸藤は虎王を炸裂させて冨宅はダウン、そのままKOとなり丸藤が逆転勝利となった。


 セミの鈴木vs川村のパンクラス同士による対戦は鈴木がレガースを着用していないのにも関わらずキックを使うなど反則で減点とされる中で、川村がパンチの連打で鈴木がダウンし鈴木は残り1点となるも、鈴木が藤原譲りの脇固めで捕らえ川村がタップ、鈴木が勝利となった。

 休憩明けには山崎一夫の呼びかけで前田日明が登場、垣原だけでなく高山にエールを贈った。

(写真=週刊ファイトさんが提供していただきました)

はぐれIGFが解散…カシンより一番厄介だったのは藤田和之

<東京スポーツより>
悪魔仮面”ケンドー・カシン(48)、鈴木秀樹(37)、将軍岡本(33)によるユニット「はぐれIGF軍団」が消滅したことが7日、分かった。
 
 解散が表面化したのは6日のゼロワン横浜大会だ。鈴木は「ゼロワン軍」、岡本は「外敵軍」の大将として「5対5勝ち抜き戦」に出場した。2人はメーンで激突すると、パンチやヒザ蹴りが交錯する激しい攻防を展開する。最後は鈴木が岡本を卍固めに捕らえてギブアップを奪った。事件が起きたのは試合後。リング上でマイクを持った鈴木は岡本に対して「もう辞めよう。辞めるんだよな? もう辞めよう!」と吐き捨てたのだ。ここ数か月はほとんど活動休止となっていたが、やはりはぐれ軍は消滅ということで間違いはなかった。
 
 はぐれ軍のリーダー兼広報だった鈴木は翌7日、「消滅か?」の問いに「はい!」と満面の笑みで応じた。詳細を語ることはなかったが、そもそもはぐれ軍のスタンスは「互助会」のようなもの。それが今や鈴木は大日本プロレスのBJW認定世界ストロングヘビー王者となり、岡本もゼロワンに定期参戦するなど活動の場を広げている。旅立ちの日がやってきたということなのだろう。
 
 これまで何度も「放牧だ」「区切りだ」と解散をちらつかせてきたはぐれ軍。騒ぐだけ騒いだ後に、短すぎる歴史にピリオドを打った格好だ。


【鈴木、岡本の話=週プロモバイルより】
 鈴木「はぐれIGF軍団は解散です。理由? 1人は勝手に引退して、草むしりを初めて。1人はオファーを自分で断り続けて、オファーがなくなったとか文句を言ったり。1人は節操なくオファーを受けてやってたくせに、その割にあんまり定着してないっていう。それぞれの活動が還元されてない。(はぐれIGFは)互助会だったわけじゃないですか。互助会の体をなしてない。全然僕に還元されてない。その結果が僕の、1月の1試合! あの時点で僕は決意してたんです。僕は1試合しかありませんというのも(他のメンバーに)アピールしてたんですけど、なんのヘルプもなかった。


(カシンや藤田さんの合意は得ているのか?)だって僕、リーダーじゃないですか。(カシンに)言ってないも何も連絡が取れないし。よく考えてください、カシンはずっとはぐれIGFのマスク被ってないじゃないですか。(見切りが)早いんです。だって最後に出たの9月ですよ!


(結局3試合しか出ていないが?)3回。この解散が嫌だったら、文句があるんだったら将軍岡本が大仁田厚と地雷爆破デスマッチをやれと。(…そんなの無理じゃないですか)文句があるなら、将軍岡本が受け付けますよ。


(はぐれIGF軍団の活動の総括を?)集団生活できない人たちが集団になっちゃダメだったなと、ハハハ。でも、藤田さんも寮生活を経験してるし、将軍も相撲部屋を経験してる。私も郵便局員時代に寮にいたんですけどね。でも、はぐれIGFの人たちは違いましたね。倫理観が違いました。


(みんな欠如していたと?)常識がない。1人は人間じゃなかったし。甘く見てましたね。解散の報告をしに、一般人になったプロの草むしりのところに行こうとは思っています。だいたい藤田和之は適当なんですよ! 勝手に引退しやがって。将軍だって、節操なく大仁田厚とタッグ組むし。対戦するならまだしも大仁田厚と組む! これがもう解散の引き金。キッカケになりましたね。だって、ケンドー・カシンと闘ってるわけじゃないですか、大仁田厚は。ファイヤープロレスでも闘った大仁田厚と節操なく組むっていう。断ればいいじゃないかって。それなのに、『あぁまた金が入った。今月もシグネットが儲かるな』って。将軍岡本のせいですよ、今回の解散は。(ZERO1 5・6横浜)制裁マッチもありましたし。将軍岡本がすべてですよ。


(解散という選択に悔いは?)もうホントに、1年3カ月ぐらい、短いようで長かったですけど、まったく悔いはないですね。やっと終わりました。


(我々マスコミの期待は裏切る形になったが?)ワハハ! 我々じゃないでしょう! アナタたち2人(週プロ&東スポ)だけじゃないですか! 確かにアオリにアオって何もなかったですね(苦笑)。違いますよ! アナタたちが勝手に盛り上がっただけでしょ! (我々や一部のはぐれ愛好家に対する謝罪の思いはないのか?)ない。ないです。勝手に盛り上がりやがって。もうそんなことどうでもいいから、写真だけパッと撮ってメシ行きましょう、メシ」


将軍「はぁ~どすこい、どすこい」


 鈴木秀樹、将軍岡本が会見を開き、はぐれIGFの解散を発表した。はぐれIGFは昨年2月26日IGF・東京ドームシティ大会で藤田和之、鈴木、岡本、ケンドー・カシンが意気投合してユニットを結成、大仁田厚などが旬の存在として飛びつき、一時は藤田を巻き込んで抗争に突入かと思われたが、藤田の"引退"を契機に個々の活動が目立つようになって、ユニットとしては形を失っていた。


 鈴木が藤田批判を展開していたが、はぐれIGFの一番の計算違いは藤田の"引退"だった。はぐれIGFは名の通りはぐれものの集まり、本来なら藤田が中心にまとめあげるつもりだったのだろうが、肝心の藤田がユニットという意識がなかったのもあり、プロレスを軸に置こうとしなかった。
 カシンにしても藤田をありきで、藤田を中心にすれば他団体からオファーが来ると考えていたはず、現に大仁田が藤田という大きな獲物に飛びついて、一時は大仁田と藤田がにらみ合いまで発展して大仁田vsはぐれIGFの図式まで作り上げかけていた。


 鈴木は藤田には解散の報告はするそうだが、おそらく「あ、そう」とつれない返事をすると思う。"引退"として活動を休止してしまった藤田にしてみれば、はぐれIGFは今更どうでもいい話ととらえているのかもしれないが、ただ鈴木にしてみればメール攻撃をしてくるカシンよりも、重い腰をなかなか上げようとしなかった藤田の方が一番やっかいな先輩だったのかもしれない。

「ゴング格闘技」休刊…「ゴング」の名前が再び消える…

格闘技専門雑誌である「ゴング格闘技」が休刊することが明らかになった。


2007年に日本スポーツ出版社の事業停止に伴い、プロレス誌である「週刊ゴング」と格闘技専門誌の「ゴング格闘技」は休刊となったが「ゴング格闘技」だけは発行元を移して復刊、2010年にベースボールマガジン社の「格闘技通信」が休刊に追いやられてからは、唯一の格闘技雑誌となっていた。


2014年に「ゴング」も復刊したが、親会社であるアイビー・レコードが出版業撤退のため休刊、そして「ゴング」格闘技も休刊となると「ゴング」の系譜を継いでいるのは年に4回に出版している「Gスピリッツ」のみとなるが、「ゴング」の名のつくものは消えることになる。


「ゴング」も復刊したが、親会社側は思ったより売れなかったということで撤退してしまい、今回の「ゴング格闘技」の休刊、残念でもあるが、「ゴング」というブランドが消えるというのは寂しいとしか言いようがない。

蝶野正洋が休業を宣言・・・・遠くなる90年代のプロレス

<東京スポーツより>
“黒のカリスマ”蝶野正洋がプロレスラー休業を宣言。今後は社会貢献とプロレスを融合させたイベントプロデュース業に専念する意思を固めた。


 現在、蝶野は代表理事を務める一般社団法人ニューワールドアワーズ(NWH)スポーツ救命協会を通じて、「AED救急救命」「地域防災」の啓発活動を行っている。昨年5月には秋口をメドに「防災イベントの客寄せパンダ」として、2年ぶりのリング復帰プランを明かした。だが現状は、試合から遠ざかっているものの、蓄積されたダメージの影響は大きく「リングに上がれる状況ではない」という。


 プロレスラー休業。今回の決断の裏には、レスラーとしての矜持(きょうじ)の問題がある。「新日本プロレス在籍時代はメジャーの誇りを持っていて、それをキープするためには、年間で最低100試合以上をこなさないと、という考えを持っていた。いまはそれに達しておらず、プロレスが本業になっていない」


 また、テレビ朝日『ワールドプロレスリング』の解説者として、新日本プロレスの最前線で活躍する選手たちの活躍を見るにつけ「選手たちは本当に頑張っている。こっちが線を引かないと迷惑だろうし。名前ばかり残って、彼らの老害にならないようにしないと」との思いもある。


 テレビ朝日といえば、3月12日に放送された『プロレス総選挙』が、当初はゴールデンタイム放送予定ながら、ワールドベースボールクラシック日本戦が延長に突入し、時間帯が大幅にずれ込みプロレスファンの怒りを買う騒動になった。これについて蝶野は「ファンの気持ちは分かるけど、自分としては特集を組んでもらえただけでうれしいね。テレビ朝日がそういう体制にあるというのは、業界にとってはチャンス。俺がいた頃の10年前、20年前にはなかったこと。業界はその風を読むべき」との見解を示した。


 休業を宣言した蝶野は、復帰の時期については明言を避けた。だからといって今後、プロレスとの接点がなくなるわけではない。「いまの自分は、アパレルとタレントのマネージメントをしている『アリストトリスト』の経営と、救急救命と地域防災の社会貢献活動が2本柱。ただ、プロレスに携わらなくなるというわけではなく、ここ何年か考えていたプロデュース業に専念したい」


 では、本人が考えるプロデュース業とはどんなものなのか。具体的には、NWHスポーツ救命協会の社会貢献活動とプロレスのジョイントを指すもので、公益財団法人日本消防協会の消防応援団を務めている蝶野は「お手伝いをしている消防のイベントは、街頭で消防団員募集のチラシを配る活動から大きな防災イベントまで、規模に大きい小さいはあるけど、大きなイベントにはプロレスを組み込んでいきたい」とコメント。今年中には、消防の広報、プロレスの社会貢献につながる地域防災イベントを開催する方針だ。


 蝶野が考えるプロデュース業はもう一つある。nWoグッズだ。nWoといえば、蝶野が中心となり、1990年代後半に日米で一大ムーブメントを起こしたユニットで、Tシャツについては記録的な売り上げを誇り、日本国内で40万枚近く売り上げたといわれている。現在、アリストトリストはWWEとライセンス契約を結び、nWoグッズの企画・販売を行っており、nWo JAPAN結成20周年にあたる今年は、nWoグッズのバリエーションを増やしていく予定だ。


 蝶野正洋が正式にプロレス休業宣言し、イベントプロデュース業に専念することを明かした。昨年は実戦復帰プランを明かしていたが、蓄積されたダメージは半端なものではなく、実は今年も2月8日に開催されたPRE-WRESTLING MASTERSも盟友である武藤敬司からオファーを受けていたものの断っていた。


 復帰時期も明言せず、引退もしないが川田利明みたいに「限りなく引退に近い休業」という形となるが、蝶野がいつ試合をしたのかを憶えていないぐらいに試合をしてないことが本当に当たり前のようになってしまっている。休業を決意した理由と体力的なものと、実戦から離れてしまっているのもあったからかもしれない。


 蝶野が決意したのであれば仕方がないが、残念なのは全日本プロレスの四天王(三沢光晴、川田、田上明、小橋建太)を含め90年代に活躍している選手で現役を続けているのは武藤や獣神サンダーライガーぐらいになってしまったこと、改めて90年代が遠くなったことを感じてしまう。

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