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伊賀プロレス通信24時「日常茶飯事(ちゃはんじ)」

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" 暴走王"小川直也がレスラー・格闘技から引退、プロレスLOVEでなかったレスラー

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" 暴走王"小川直也がレスラー・格闘技から引退、プロレスLOVEでなかったレスラー



<東京スポーツより>
 バルセロナ五輪柔道男子95キロ超級銀メダリストで「暴走王」こと小川直也(50)が10日、本紙の取材に応じ、プロレス・格闘技から引退することを明らかにした。1997年4月の衝撃デビューから21年、50歳となった節目の年にリングを去る。すでに、師匠の“燃える闘魂”アントニオ猪木氏(75=参議院議員)に引退の報告を済ませている。今後は長男で柔道世界選手権(9月、アゼルバイジャン)男子100キロ超級代表の雄勢(21=明大)を指導するため、古巣の柔道界への正式復帰を目指す。

 小川はいつも通りのひょうひょうとした語り口で、プロレス・格闘技からの引退を表明した。

「リングを離れることを正式に決断しました。猪木さんに導かれ、この世界に入り、ファンに支えられてここまでこれた。ファンのみなさんには本当に感謝している」

 さらに、21年間のプロ生活を振り返り「本当に楽しかったよ。プロレスもオレが始めた当時とはだいぶ形が変わってきたし、自分の中では、やり切れなかった思いもある。でも、どこかで区切りをつけなきゃいけないし、その時、その時、精一杯やってきたので未練はないよ。今後は違った形で恩返しできればと」と話した。 

 引退を決めた理由については「子供の成長が一番。雄勢の置かれている立場を考えて。環境を整えるには、オレが(指導に)携わるべきかなと。今までは学生だったから柔道部の先生方にお願いしていたけれど、来年からは社会人。教育ではなくなるので」と説明した。

 長男の雄勢は世界選手権代表に選ばれるなど柔道で急成長。2020年東京五輪出場が「夢」ではなく、現実的なものになってきた。小川としては自身が果たせなかった五輪金メダルへ息子を鍛え上げたいところだが、全日本柔道連盟の規定ではプロ格闘技に携わる指導者、選手の参入は認められていない。正式な形で雄勢を指導するためにはプロレス・格闘技からの引退を決断し、表明しなければならなかった。

 今後は全柔連の指導者登録を目指す意向。「小川道場をやっているし、道場の子供たちともう少し距離を近づけたい。そのためにはルール上の問題もある。今はその辺をあいまいにできる時代じゃないので」と関係各所に相談しながら手続きを進めていきたいという。

 小川は2007年から猪木氏が立ち上げたIGFに参戦。ただ近年は、IGFの分裂騒動もあってリングから遠ざかっていた。最後の試合は16年2月26日の青木真也戦(IGF東京ドームシティホール大会)。実際に2年以上、プロレスラー・格闘家としての活動実績がなく、事実上の休業状態だった。それだけに、柔道界復帰に大きな障害はないとみられる。

 すでに雄勢を連れて猪木氏の元を訪れ、自身の引退と息子の世界選手権出場の報告を済ませた。引退について師匠は「そうか」とあっさりひと言だったが、雄勢に対しては「今度、メシに行こう」などと話しかけ、“闘魂注入”を約束してくれたという。

 かつては猪木氏から「天下を取れる器」と評された。一方でプロレス界の常識にとらわれず我を貫いたことで、業界の評判は芳しくなく、頂点には立てなかった。

 小川も「残念ながら、天下を取れなかったね~」と苦笑い。それでも「自分の中でやり切ったという気持ちは持っている。幸いなことに体がボロボロになって辞めるわけではない。猪木さんからは『必要とされているところに行け』との教えがあったし、実際にこのところリングのオファーはなかったからね。必要とされるところが違ってきたということなのかな」と悔いはない。

 勝手気ままにプロレス・格闘界を闊歩した暴走王だが、最後は家族のためにリングを去る。

“暴走王”こと小川直也(50)がプロレス・格闘技からの引退を決断(当サイト既報)したことを受けて、最後の対戦相手となった格闘家・青木真也(35)が11日、自身のツイッターでコメントした。

 2016年2月26日のIGF「GENOME35」で対戦し、STO4連発で失神KO負けを喫した青木は「最後の相手を務めたのは結果的に僕でした」と激闘を振り返ると、続けて「小川さんのキャリアの作り方は本当に賢くて、勉強させてもらいました。小川直也のようなキャリアを作れる選手は今後出てこないでしょう」と暴走王をたたえた。

 また、千葉・我孫子市の市議会議員で“売名王”の異名を取るプロレスラー・澤田敦士氏(34)は、明大柔道部の後輩にあたり、小川からプロレスを学んだとあって「小川直也さんが新たなるスタートをきることになりました。小川さんにプロレスの世界を教わり小川さんなくして今の私はございません。小川さんに改めて感謝申し上げる次第です。小川先輩ありがとうございました」と感謝の言葉を並べた。

 "暴走王"小川直也がプロレス・格闘家からの引退を表明した。暴走王というのはこれで最後かもしれないが、プロレスの試合から遠ざかって2年4ヶ月を経過しており、このところ息子である雄勢くんの指導、マネージメントに専念していたことから事実上セミリタイアの状態、今頃になっての引退表明は別に驚きもなかった。

 自分が暴走王を好きになれない理由はプロレスラーと名乗っても、プライドの高さから暴走王の中にはプロレスLOVEはなかったからだった。プロレスは強さだけでなく、見せる要素もある。暴走王も強さはあっても見せる方は下手、けど下手は下手なりに見せ方もある。だが暴走王の場合は見せ方を充分に学べないままで、プライドの高さから教わるどころか学ぼうともしなかった。

 プロレスLOVEでなかった理由、暴走王の中では柔道が一番であり、プロレスは下に置いていたこと、最近の一連の発言を見る限りでも柔道ばかりでプロレスに関して語ることはほとんどなかった。暴走王がレスラー時代を「本当に楽しかったよ。」と振り返っていたが、一番楽しかったのは橋本真也との抗争やOH砲だけで、それ以降は支持されることもなかったことから、面白くなかったというのが本音だったのではないだろうか、暴走王なりにプロレスに溶け込もうとしていたのだろうが、プライドの高さから結局プロレスにどっぷり浸かることは出来なかった。MMAへの挑戦もプロレスの強さを示すためでなく、柔道の強さを示すためにやっていたに過ぎなかった。

 暴走王は結局柔道へ戻るが、全日本プロレスでデビューして通用しなかったアントン・ヘーシングも柔道、北尾光司が相撲へと戻ったように、暴走王も本来いるべき場所へ戻るに過ぎない。おそらく年齢的なことを考えるとレスラーとして復帰することはないだろう。

 ただいえることは暴走王はもったいない存在であり、橋本真也との抗争やタッグで終わっていて、それ以上がなかったレスラーだった。そして最後にご苦労さんとしか言いようがない。

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