伊賀プロレス通信24時「日常茶飯事(ちゃはんじ)」

 略して「イガプロ!」、三重県伊賀市に住むプロレスファンのプロレスブログ!

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投票ありがとうございました

9月の月間MVP、ベストバウト、ベスト興行&シリーズ賞の投票受付は午前0時をもって終了しました、投票ありがとうございました。


 

投票結果は10日の21時00分にツイッター上で先行発表

当ブログでは10日午後22時00分に発表します。

9月で閉館する津市体育館を訪れました!

 9月9日、今月末日をもって閉館する津市体育館を訪れた。

津市体育館  
館内は卓球大会が開かれており、学生達が多かったが、入口フロア右側に三重県のプロレスマニア・真柄力也さんが「閉館までず~っとプロレス展」の展示物が公開されていた。
 


 津市体育館は昭和41年にオープン、三重県におけるプロレス常打ち会場でTV中継も入ったことがあったが、2007年3月25日DRAGON GATEがビッグマッチを以降、建物の老朽化で使用されず、三重県の常打ち会場は津市では郊外のメッセウイングみえ、四日市ではオーストラリア記念館に変わるも、オーストラリア記念館も閉館となり、津市ではメッセウイングみえで開催されるのみとなった。メッセウイング・みえも屋内総合スポーツ施設「サオリーナ」及び県内の武道拠点となる「三重武道館」と合体した施設である津市産業・スポーツセンターに生まれ変わる。


 津市体育館ではテレビ中継が入っても昭和50年代で行われたタイトルマッチは国際プロレスを含めて3回だけ、全日本プロレスでは昭和52年1月22日に行われた高千穂明久(ザ・グレート・カブキ)、サムソン・クツワダvsクルセイダー1号&2号によるアジアタッグ選手権、新日本プロレスでは昭和55年の藤波辰己vsスティーブ・カーンのWWFジュニアヘビー級選手権、国際プロレスではラッシャー木村、グレート草津vsブロンド・ボンバーズ(ハリウッドブロンドス)によるIWA世界タッグ戦のみ。


 昭和58年5月16日には第1回IWGPも行われ、アントニオ猪木は公式戦でラッシャー木村と対戦、昭和56年から抗争を繰り広げた猪木と木村だったが、国際軍団もアニマル浜口の離脱で規模縮小、長州力の台頭で2人の抗争は完全に旬が過ぎており、試合も僅か7分2秒で猪木が延髄斬りで勝利を収めているも、その裏では長州と浜口が津大会をボイコットして姿を消す事件が起きていた。平成6年に太陽ケアことマウアケア・モスマンのリングネームで志賀賢太郎相手にデビュー戦を行ったのも津市体育館だった


 津市体育館で行われた前田日明vsアンドレ・ザ・ジャイアント戦の記事やチケット半券、取り組み表も展示されていた。三重県の常打ち会場と言われながらも名勝負などなかったことを考えると、前田vsアンドレのいかにインパクトが大きかったか、実況の古館伊一郎氏は「凡戦」としていたが、これだけ後になって語り継がれる試合になるとは古館氏や解説を務めていた山本小鉄氏も思ってみなかっただろう。


  
 
  

 


 自分が津市体育館を訪れたのは1992年4月19日の新日本プロレスだったが、初めてみたインディー団体は同年12月に開催されたW☆ING、3回訪れただけだが、思い出深い体育館が51年の歴史に幕を閉じようとしている。

かつてのプロレス常打ち会場だった津市体育館が9月をもって閉館へ

三重県のかつてのプロレス常打ち会場だった津市体育館が10月に大型スポーツ施設「サオリーナ」の開業に伴い、9月に閉館することになった。

津市体育館は2007年3月25日にDRAGON GATEがビックマッチ(メインは獣神サンダー・ライガーvsドン・フジイのオープン・ザ・ドリームゲート選手権)で使用されたが、それ以降は郊外のメッセウイングみえや四日市オーストラリア記念館(現在は閉館)など使用されることが多くなり、老朽化もあって使用されることはなかった。

自分が同会場を初めて訪れたのは1992年4月の新日本プロレス、このときはトップ・オブ・ザ・スーパー・ジュニアの公式戦として獣神サンダー・ライガーvsエディ・ゲレロ、エル・サムライvs保永昇男が行われ、エディは新日本初来日、サムライは凱旋帰国したばかりだった。エディはライガーを追い詰めながらもコウモリ吊りに逆転負け、サムライは保永の丸め込みの前に敗れた。

同年12月にW☆INGも観戦、W☆INGは自分が始めてみたインディー団体で、大観衆の中でプロレスを見るのは当たり前だと思っていたが、客席は空席だらけで「自分は恵まれていたのかな」という印象を受け、また有刺鉄線デスマッチを初めて生で見て血まみれとなったW☆ING金村(金村キンタロー)が自分の目の前に倒れてきたことに衝撃を受けた。

最後に会場を訪れたのはDRAGON GATEの前身である闘龍門で2000年頃と記憶しているが当時は望月成晃、横須賀享(ジミー・ススム)神田裕之(ジミー・神田)がヒールユニットM2Kを結成していた。

訪れたのは3回だけだが、自分にとっても思い出深い会場はない、閉館までには津市体育館のことは振り返りたいが、思い出深い会場が消えていくのは寂しいとしか言いようがない。

「証言UWF 最後の真実」が今日発売…これで謎が解けるのか?

今日(一部ではもう発売されているが)宝島社から『証言UWF 最後の真実』が発売される。きっかけは『1984年のUWF』(柳澤健著/文藝春秋)への賛否だったが、前田日明を始め更級四郎、杉山頴男、ターザン山本、藤原喜明、山崎一夫、新間寿、上井文彦、中野巽耀、宮戸優光、安生洋二、船木誠勝、鈴木みのる、田村潔司、垣原賢人、川﨑浩市、尾崎允実らUWFに関わって人たちが証言するのだから、いかに『1984年のUWF』に対する反響が大きかったかよくわかる。


『1984年のUWF』は結局買わなかったというか、Numberの連載もある程度読んでいたし、この内容だと間違いなく誰かが反発すると思っていたが、斎藤文彦氏などが案の定猛反発、買おうか買わないかと考えているうちに結局買わなかった(笑)


自分的には『証言UWF 最後の真実』が興味があるというか、UWFというムーブメントを見てきた人間の一人として、UWFという理想が崩れたのか知る権利がある。自分にとってUWFは馬場・猪木の時代を変えてくれると信じていたムーブメントであり、青春の1ページだった。いずれ各自の証言を照らし合わせて検証していくつもりだ。


ただ気になったのは証言者の中に高田延彦の名前が入っていなかったこと、おそらく断ったのか?高田の中ではプロレスは卒業・封印なのかもしれない。

面白話満載!「UWAI de NIGHT Vol.3」に行ってきました!

UWAI de NIGHT Vol.3 今日は「UWAI de NIGHT Vol.3」に参加するために大阪府茨木市福祉文化会館を訪れたが、19年間大阪に住んでいたが全日本プロレスで観戦した四条畷同様、茨木を訪れるのは初めて、今回も愛車に乗って名阪国道~西名阪道~近畿自動車道と乗り継ぎ、インターを降りてから渋滞に巻き込まれて2時間、やっと会場に到着した。


UWAI de NIGHT Vol.3 2時に開場となったがスクリーンには昨年12月2日に開催された「STORONG STYLE HISTORY~Go For Broke!Forever~」の模様が公開されたが、スクリーンに映し出されたマサ斎藤の姿を見て、改めてマサさんがこんな状態になっていると思っても見なかった。しかし海賊男姿となった武藤敬司のストンピングに耐える姿はまさしくプロレスラーだった、またマサさんは筋力低下を防ぐためにスクワット300回を欠かさず行っているという。


15時に田中秀和リングアナ、上井文彦氏、武藤敬司の順で登場してトークショーを開催するも、武藤は朝出演していた「サタデープラス」では社会の窓を開けたままでTV出演したことと、トークショーまで時間があったことから一杯飲んでしまった状況で望んでいたことを暴露、田中リングアナがMCを務める予定だったが、酔っていたせいか饒舌となっていた武藤がMCとなってしまい仕切ってしまっていた。
UWAI de NIGHT Vol.3 UWAI de NIGHT Vol.3 UWAI de NIGHT Vol.3


トークの内容は3人がなぜ新日本をやめたのか?「STORONG STYLE HISTORY~Go For Broke!Forever~」の裏側で武藤にオファーかけるまでの経緯、長州力がなぜマサさんと和解できないのか、武藤自身が年々足がしんどくなっていることから入場が疲れること、マサさんはラーメンを食べていることを忘れることがある。猪木事務所社長だった倍賞鉄夫氏の容態。橋本真也の選手会費の使い込みだけでなく猪木のカードも使い込んでいた、旅館破壊事件の新しい事実と後日談、ストロング小林さんのホモ疑惑に新たなる疑惑、無我ワールドは藤波辰爾を社長にするつもりはなかった、若手時代の武藤が見た猪木の裏話と、先輩に騙されてアンドレ・ザ・ジャイアントに殴られたこと、アントニオ猪木がIGFに欲しかったのは上井さんだったことなど、プロレス総選挙のネタバレ・・・面白い話が満載だった。上井さんは「猪木は24時間アントニオ猪木である」を力説していたが、猪木は常に見られていることを意識しているのは納得、これは自分の持論でもあるが猪木は引退した現在でもプロレスラーである意識が強いのかもしれない。


トーク終盤にはに上井さんが新日本の独走は面白くない、全日本やNOAH、WRESTE-1が団結して対抗すべきだと武藤に呼びかけ、武藤もレスリングマスターズに誰を呼んで欲しいかリクエストを求め、蝶野正洋やエル・サムライ、スーパー・ストロング・マシンなどが名前に挙がったが蝶野は呼びかけたが断られ、マシンは新日本との話し合いになるため難しく、サムライに関しては連絡がつかなかったため難色を示した。田中リングアナはグレート・ムタの登場だけでなく、ペンティングしたムタをリクエストしたが、これも武藤が難色を示した。UWAI de NIGHT Vol.3
トーク終了後は休憩を挟んでプレゼント抽選会、ファンとの記念撮影で幕となったが、今回のトークショーは有意義であり、充分に楽しめた。また機会があれば参加したい。

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