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伊賀プロレス通信24時「日常茶飯事(ちゃはんじ)」

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全日本プロレス、NOAHのリングアナ、馬場さんや三沢の側近だった仲田龍氏が死去

 


 全日本プロレス、NOAHではリングアナウンサーを務め、全日本プロレスではジャイアント馬場さんの秘書、NOAHでは渉外部長、またGMを務めた仲田龍氏が心筋梗塞で死去した。享年51歳。


 仲田氏は馬場時代の全日本やNOAHの会場にいて当たり前の人でもあり、不祥事でGMの座を追われてからも移動バスの運転手や売店で雑用係を務めるなど現場が好きな人だった。

 
 仲田氏は和田京平レフェリーと共に馬場さんの側近を務め、京平さんとは水戸黄門でいう“助さん、格さん”の間柄だったが、三沢と馬場元子さんが対立すると三沢側に立った(本人は元子さんと三沢の間に立とうとしていたが、元子さんが仲田氏が三沢側に立っていると勘繰ったとしている)ことから運命が変わりだした。馬場さんが死去し三沢体制となったがオーナーである元子さんとの溝が深まった、そして三沢は自身が理想とする団体NOAHを旗揚げし仲田氏も追随した。

 
 仲田氏は馬場さんの側近だったということで渉外部長となったが、今思えば三沢と仲田さんは考え方が正反対だったと思う。三沢は「自由と信念」を掲げていたが、仲田氏は「プロモーター(上から)の命令は絶対服従」というものを信念にしていた、馬場さんの全日本は馬場さんの命令は絶対服従とされ、選手やスタッフも馬場さんの命令ならということで従ってきたが、三沢は絶対服従というものを失くしたことにより、自由にさせた反面上からの命令に服従しない選手も出てきた。仲田氏はGスピリッツで「自由と勝手は違う」と嘆いていたが、仲田氏の「絶対服従」の考えが選手からの反発や様々なバッシングに繋がったと思っている。本人はバッシングは気にせずというか現場では明るく振舞っていた感じだった、SAMURAI TVで京平さんとの対談した際に京平さんから「いろんなバッシングを受けているけど、気にすることないよ」と激励されたとこは本音では嬉しかったのではと思う。


 三沢が死去したことで仲田氏の立場も揺らいだ、仲田氏が待っていたのは三沢体制のツケ、世代交代の失敗、TV中継の打ち切り、選手のリストラ、経営危機・・・おまけにバッシングでも非難の矢面に立たされるれ、そして不祥事が発覚してGMの座から降格・・・・晩節を汚したというかNOAHのために尽くしたつもりだったと思う、しかし結果としてNOAHに迷惑をかけたのは残念だった。三沢の命日に開催される三沢メモリアルには仲田氏はリングアナとしてコールすることはなかった、本人はケジメのつもりでコールをしなかったのだろうが、自分は寂しさを感じた。


 最後にNOAHにとって仲田龍とは何だったのか?NOAHの中ではジャイアント馬場さん的存在だった、人間馬場ではなくプロモーターや経営者としての馬場さん、仲田氏は経営者としての馬場さんの顔も見てきている、仲田氏は三沢に綺麗ごとや男気だけでは経営者にはなれないと言ってやりたかったのではないだろうか・・・ご冥福をお祈りします。

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