伊賀プロレス通信24時「日常茶飯事(ちゃはんじ)」

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ケビン・ランデルマンとプロレス

PRIDEで活躍した総合格闘家であるケビン・ランデルマンが12日、肺炎で死去した。44歳の若さだった。


ランデルマンは日本ではPRIDEに参戦していたが、2002年にプロレスのリングにも上がった。


2002年11月に武藤敬司の全日本プロレスと当時ケイ・ワンを運営していた石井和義氏が組み、プロレスイベント「ファンタジーファイトWRESTLE-1」を横浜アリーナで開催、運営協力にはPRIDEを運営していたDSEも携わっていたが、武藤全日本に地上波放送を着かせることが目的で組まれたプロレスイベントだった。


ランデルマンはマーク・コールマンと組んで小島聡、馳浩組と対戦、試合はランデルマンがジャンピングエルボーやフランケンシュタイナーなど驚異的な跳躍力を披露して小島を苦しめ、最後は小島のラリアットの前に敗れたがプロレスへの順応性があることを感じさせた。


「ファンタジーファイトWRESTLE-1」は1月19日東京ドームでも開催され、ランデルマンはコールマンとのタッグでジャイアント・シン(グレート・カリ)、ジャイアント・ノルキア組と対戦した。


「ファンタジーファイトWRESTLE-1」はフジテレビが当時大人気だったボブ・サップを中心として扱い、ゴールデンタイムで放送していたのにも関わらず、視聴率は想定してより稼げず、エンタメ色が強すぎたため当時のプロレスファンからは受け入れなかった。そして後押ししていた石井氏が脱税事件で逮捕され失脚、DSEも社長だった森下直人氏が死去、その後双方共体制が変わり、K-1とPRIDEの関係が険悪化したことで「ファンタジーファイトWRESTLE-1」は休止となった。


ランデルマンはその後ハッスルに参戦、そして2007年6月29日に旗揚げされたIGFに参戦し旗揚げ戦ではアレクサンダー大塚と対戦して勝利を収め、9月8日に開催された名古屋大会ではPRIDEで対戦した小原道由に敗れたが、小原戦が最後のプロレス参戦となった。


ご冥福をお祈りします。

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