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伊賀プロレス通信24時「日常茶飯事(ちゃはんじ)」

 略して「イガプロ!」、三重県伊賀市に住むプロレスファンのプロレスブログ!

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プロレス多事争論2013 全日本プロレス分裂騒動・・・ガチンコプロレスと武藤体制10年目の崩壊

 2012年10月で全日本プロレスは創立40周年、また武藤敬司体制となって10周年を迎えた。創始者である馬場さんは「プロレス界は10年に1度、大きな事件が起きるものだよ」 とジンクスを遺したが、馬場さんのジンクスがあたったかのように10年目となって大きな事件が起きてしまった。


 2月25日、全日本プロレスが昨年11月から白石伸生氏が社長を務めるスピードパートナーズの傘下に入っていたことを明らかになった。武藤は馬場元子さんから経営権を譲られオーナーとなったが団体運営は悪戦苦闘、度々経営危機の噂が出ていた。今年に入ってからNOAHを退団した秋山準、潮崎豪らバーニング勢や蝶野正洋がアドバイザーとして全日本に携わるなど、今年は大きく勝負に出ているなと思わせたが背景にはオーナーと白石オーナーのバックアップがあったからだった。


 白石氏は武藤敬司や社長だった内田雅之氏、日本テレビに保有した全日本プロレスの株を全て買い取り武藤や内田氏の役職はそのままにして、昨年11月に新会社「全日本プロレス・システムス」を設立、白石氏は「全日本がまい進するべく、それなりの投資をしていきます」と後方支援を約束した、なぜ武藤は白石氏をオーナーとして招いたのか、武藤は会見でも「全日本に移籍して10年。11年目に向かってるんですけど、知っての通り、10年間突っ走ってきたけど、ここ2、3年、ヒザの具合も悪かったり体調が悪かったり、本戦から離れることが多くて、同時にどちらかというと株式会社というよりは武藤商店のような形で突っ走って、それだけ俺の比重が大きかったのか、俺が本戦から外れて業績が落ちた」と自分が現役を引退しても武藤全日本が継続できるのかを模索していた、白石オーナーは武藤が新日本時代からのタニマチで武藤が全日本に電撃移籍した際も一枚噛んでいた人物だった。


 スピードパートナーズはどういう会社なのかというと(白石オーナー)「企業再生支援会社です。民事再生法、自己破産手続きに入る予定の会社、入った会社に、入札が多いですけど、何らかのスポンサーシップを裁判所なり弁護士に紹介していただき、事業を買収してまっさらな形で新会社で再出発すると。人物、金を新たに出資して企業再生する会社です。」企業再生といえば映画やドラマにもなった『ハゲタカ』のイメージが強く、悪い部分をそぎ落として良い部分を残して高く売るものだったが、武藤が「50年、60年残すためにもよかったと思う。俺が動かなくなった時点で会社も倒れたらどうしようもない。10年やり切った充実感はあるよ」と発展的な買収であることを強調、白石氏も『プロレス 暗黒街 (別冊宝島)』で報じられた計画倒産説を否定、最初は自分も全日本が再生するのであればSPの参入は大歓迎だったが、その期待は大きく裏切られることになる。


 翌日東京スポーツ誌上で白石氏が「人間の限界値を超えるのがレスラー」「総合格闘技もできて当然。(所属選手の参戦も)考えている。格闘技団体を丸ごと買うかも」と総合格闘技進出を発言したことで選手らが猛反発する、白石オーナーの発言は収まることを知らず新日本プロレスから中邑真輔や永田裕志を獲得、「新日本プロレスは演劇プロレス」「オカダ・カズチカは演劇プロレスの典型」発言したことで、新日本プロレス側も木谷高明会長を始め態度を硬化させてしまう。白石氏は6月の挨拶で新日本側に謝罪するとしたが、現時点では謝罪したか不明のまま、白石氏がFacebookを開いたと聞きつけて早速友達申請したが、FBの内容を見た瞬間「ガチンコプロレス」発言の連続、プロレスLOVEを感じない武藤とは真逆な人間が全日本のオーナーになったと思わざる得なかった。


 白石オーナーの考えるガチンコプロレスとは何だったのか?「事前に勝ち負けを決めずに、選手同士の戦いに一任し、プロレスルールで、体力の限界点まで相手の技を受け、こちらも技を仕掛け、プロレスに真面目に取り組む事」、だが白石オーナーの考えるガチンコプロレス論はプロレスの範囲内に過ぎない、秋山準が「白石オーナーの“ガチ”は女子高生が“ガチで~”と言っているのと同じレベル」と発言したとおり、ガチンコの意味がわかっていないまま軽く使われているに過ぎなかった。


 また全日本プロレスは武藤体制ながらも創始者であるジャイアント馬場さんの存在が色濃く残っている、総合格闘技に関しては「プロレスは殴ったり、蹴ったり、極めたり、飛んだり、全てが詰まっている、奥深いもの」「格闘技ブームはメディアに乗った流行に過ぎない」と一蹴し、武藤も当時アントニオ猪木が推進する格闘技路線を嫌って新日本を退団して「プロレスLOVE」を掲げて全日本プロレスに移籍した。だが白石オーナーは「馬場さんのお言葉、プロレスは、シュートを超える。しかし、その言葉の裏には、真剣勝負がしたいのに、負けなければならない、明日から(チャンカン開幕戦)から、その歴史が変わる。シュート(真剣勝負)が、プロレスを超える!」と馬場さんを全面否定した、自分が白石オーナーに反発を抱いたのはこの発言からだった。


 FBで暴走をきっかけに「ガチプロレス」という価値観を押し付けよう白石オーナーと武藤が対立、白石オーナーはFBで「自分と武藤選手の対立点は、マッチメイクでした。ファンが望むカードを幅広く聞き、営業部門や、企画部門も交えて、レスラー全員の声を聞いて集団合議制で決めるのか、過去の旧全日本が行ってきた武藤選手を中心とする数名の選手で決めるやり方を、新会社でも続けるのか、の衝突でした。。。」とファンやレスラー達の意見を無視するということで武藤を批判し始めた。白石オーナーは現場介入を試みようとしたが、現場は武藤にとって自分の影響力が最も大きい場でもあり選手たちも武藤が育てた選手が主でフリーで参戦している選手たちも武藤に絶大な信頼を寄せていることから“聖域”みたいなもの、白石オーナーも簡単に土足で踏み込めなかった。


 ところが3月21日の両国大会の全試合終了後に観客が帰りだしたところで前日にFBで乱入を予告していた白石オーナーが登場し挨拶すると、白石オーナーからリストラを言い渡されていた一喝するKENSOに対して張り手を浴びせる暴挙に出る、レスラーを侮辱する行為に佐藤光留が怒り白石オーナーに襲い掛かったが、白石オーナーは逃げてしまった・・・この事件はプロレスマスコミも大きく扱ったが、この時点では誰もKENSOと白石オーナーとの出来レースだったことに気づいていなかった。


 3月の両国大会から白石オーナーのFBでの暴走は止まることなく、KENSOに対して強制引退をチラつかせるも更新を続けながら、4月のチャンピオンカーニバルを迎えたが、今度は白石オーナーが真田聖也vs大森隆男の試合内容を巡って真田を詰りメインを待たずにして途中退席する騒動を起こす、その最中でもKENSOへの批判を続けていたが、最終戦前後から一転してKENSOを擁護し始め武藤批判を展開し始めた、白石氏はチャンピオンカーニバル最終戦、FBで「控え室で、私と武藤会長がやり合っている時に、武藤会長が言った。『白石さんのやり方だったら、誰も試合する気にはならないよ!なぁ、みんな!』選手の大半は、「はい。。」と答えていたが1人だけ、「オーナーのやり方でも、俺はやります!」と言ったレスラーがいた。意外な事に、KENSOだった!!俺を嫌っているはずなのに、今までの全日本のやり方では、ダメだと思ったのだろう。。。選手全員を敵に回して、会社の現状を憂いての1人決起だった!少し、感動した。 」と更新、武藤はこの時点でKENSOが裏切っていたことと、白石オーナーが両国大会から自身の失脚を画策していたことを察したのではないのではと思う。この時期から否定していた馬場さんの王道復古を掲げ始め、川田利明の復帰と和田京平レフェリーの全日本復帰を公約に掲げた、だが白石オーナーの王道復古も武藤を全日本から追いやるための手段として利用されたに過ぎなかった。


 5月から白石オーナーはFBで現場へ介入を予告、最初のうちは武藤や内田氏が白石オーナーの現場介入を阻止していたが、武藤と内田氏が真田と共にカナダへ出発した隙を伺って逆クーデターを決行し現場介入、自身が社長就任することを宣言する、武藤がなぜこの時期に日本を離れたのかが謎だったが、武藤自身も6月に週刊プロレスのインタビューに答えていた時点で分裂へ舵を切っていた、いや4月のチャンカン最終戦の時点で武藤は分裂へ舵を切っていたのかもしれない。


 5月末で武藤が全日本との選手契約を打ち切って離脱し分裂が確定的となった。6月からは一気に選手たちの動きが慌しくなった、白石オーナーは違約金のことをも武藤を牽制し「武藤に追随するのは4~5名」とタカをくくっていたが。カズ・ハヤシ、近藤修司、船木誠勝を始めとした武藤チルドレン世代だけでなくレフェリーやリングアナ、武藤派のフロントのほとんどが武藤に追随するために離脱を表明。全日本には白石オーナーが最初に唱えた“王道復古”のために諏訪魔、大森隆男、征矢学、秋山準らバーニングが残留したが若手がごっそり抜けてしまった。6月30日両国大会は武藤も白石オーナーも現れないまま行われ、大会を最後に全日本は分裂した。離脱した選手には結局違約金は現時点では発生せず、白石オーナーが言っているだけだったのか、それとも結果的に武藤を追い出したことで充分だったのかは定かではない。


 白石オーナーは自分は「アングルとか嫌いだ」と自らの存在こそがガチだとFBでアピールしたが、武藤不在中に現場に介入し武藤や内田氏を追いやるために馬場さんの存在を利用して影でコソコソと裏で画策していた時点で、白石オーナーはガチではなかった、しかし白石オーナーは今でも自分自身はガチだとアピールし続けている。
 

 残った選手たちは白石オーナーが最初に唱えた「王道復古」を掲げて全日本を再出発させるが、白石オーナーの暴走は止まることはなかった・・・・(続く)

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