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伊賀プロレス通信24時「日常茶飯事(ちゃはんじ)」

 略して「イガプロ!」、三重県伊賀市に住むプロレスファンのプロレスブログ!

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プロレス多事争論「G1 CLIMAX」

ファンの皆様へ
今年の『バディファイト presents G1CLIMAX25』へのご来場、ご視聴、誠にありがとうございました。
 今回の『G1 CLIMAX』は「極みの夏。」をキャッチフレーズに28日間に渡り、全国各地で19大会を開催、述べ7万人以上という過去最大級の動員人数を記録し、『G1 CLIMAX』25周年という節目を無事に終了することができました。
これもひとえに、応援して頂きましたファンの皆様のお蔭です。

 一方で、ファンの皆様からは、長期間に渡る日程と試合数、また連日の移動などによる、選手のコンディションへのご心配も頂いておりました。
 今後の『G1 CLIMAX』シリーズにつきましては、選手コンディションに過度の負担の生じない日程、開催地の見直しを図り、開催する所存です。
これからも、新日本プロレスリングはファンの皆様に楽しんで頂けますよう、選手、社員一同が一丸となって、大会やイベントに取り組んで参ります。
 今後とも、よろしくお願い申し上げます。

 新日本プロレスリング株式会社
 ##


 新日本プロレスが「G1 CLIMAX25」を終えて御礼を公式HPで更新、次回「G1」では選手らの負担をかけない日程など見直すことを約束した。


 G1に関しては全選手が完走したものの負傷者が続出、中邑真輔も一旦欠場してすぐシリーズに復帰、最終戦には無事これ名馬なりを地でいったオカダ・カズチカも右肘を負傷するなど、今年のG1も過酷さが増していた。


 自分が昨年のG1は過酷なマラソンと評していたのは、全選手の混戦でウィンウィンではなく、リーグ戦が進むたびに脱落者が続出して最終的に一人に絞られていったこと、しかし今年のG1は負傷者の続出で違った意味で過酷となっていった。


 そこで思い出すのは全日本プロレスの「チャンピオン・カーニバル」、四天王(三沢光晴、川田利明、田上明、小橋建太)プロレス時代のチャンカンはG1同様総当りリーグ戦方式を取っていたが、G1と違うところは1リーグ方式だったこともあり過酷さも倍増、三沢も1995年と1998年に優勝したが1995年には川田のジャンピングハイキックを顔面に浴びた際に目を、1998年にはシリーズ中に膝を骨折するなど負傷を抱えながら優勝を果たし、1997年には三沢、川田、小橋が同点となり巴戦で優勝が三沢vs小橋、川田vs小橋、川田vs三沢の順で試合が行われて最終的に川田が優勝したが、「ここまでしないと客は満足しないのか」と限界点まで達し、また当時の全日本は年俸制ではなく1試合いくらのギャラシステムで、巴戦だったのにも関わらず1試合扱いと扱われギャラも上がらないこともあって、次第にこういった不満が社長であるジャイアント馬場さんへと向けられていったが、年俸制になると馬場さんの個人商店だった全日本の経営が立ち行かなくなるため改善されることはなく、またチャンピオンカーニバルのシステムも馬場さんの存命中は見直されることはなかった。


 現在のプロレスは1990年代のUWFの影響もあって常に完全決着が求められ、両者リングアウトなど“逃げ”は許されず、それが今でも続いている。今年のG1はリングアウト勝ちはあったが、ほとんどが完全決着、昭和時代の逃げが許されない分過酷さというものも増してきているのが現状なのではと思う。


 来年のG1はどう改善されていくのかわからない、自分も含めたファンもあれこれ言ったとしても決めるのはあくまで団体側である、後は団体側が選手らにどうフォローしていくのかが、ジャイアント馬場さんの全日本は個人商店だったことで選手をフォロー仕切れなかったが、企業プロレスを目指す新日本は選手らをどうフォローしていくのか・・・

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