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伊賀プロレス通信24時「日常茶飯事(ちゃはんじ)」

略して「イガプロ!」、三重県伊賀市に住むプロレスファンのプロレスブログ!

選んだ選択は“独立”・・・飯伏幸太が新日本、DDTを退団!

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選んだ選択は“独立”・・・飯伏幸太が新日本、DDTを退団!

<週プロモバイルより>
22日午前10時より都内・新宿御苑のDDT新事務所にて会見がおこなわれ、飯伏幸太がDDTおよび新日本の2団体退団、今後は「飯伏プロレス研究所」所属として、プロレス活動をおこなっていくことを発表した。会見には飯伏、高木三四郎、鶴見亜門GMが出席。


まずはGMより報告。「飯伏幸太が2月いっぱいをもちまして、DDTプロレスリングおよび新日本プロレスとの所属契約を解除しまして、両団体を退団することになったことをご報告させていただきます。病状の経過といたしまして、まず長期欠場の原因となりました頸椎椎間板ヘルニアに関しては、治療のかいあって完治いたしました。ただ、その後、腰に異変を感じるようになりまして、診断を受けたところ腰椎すべり症であることが判明しました。しかし、これに関しても治療の結果、ほぼ完治しておりまして、お医者さんのほうからもいつ復帰しても問題ないという診断をもらっております。ただ、復帰ということを具体的に考えた時に本人のなかで、ある思いが生じたようです。ここからは本人に説明してもらいたいと思います」


飯伏「きょうはお集まりいただきありがとうございます。体は治りました。お医者さんからもGOサインもらってます。体が良くなって、復帰を具体的に考えた時に、これまで通りに2団体に所属してプロレスを続けていくことに対して、気力的にも体力的にも限界を感じるようになりました。続けていくことに対して…最初に2団体所属の話をもらった時には、すごくワクワクしましたし、それから2年間自分なりに頑張ってきましたので、ちょっと疲れました。また、いまのスタイルのプロレスでやれることはすべてやり切ったという思いもあります。なので、これからは、これまでにない新しいプロレスの可能性を追求していきたいという思いが強くなり、DDTと新日本プロレスの両団体に契約の解除を申し入れ、了承してもらいました。自分としては両団体を“卒業”するという気持ちです。今後は新たなプロレスの可能性を追求するため『飯伏プロレス研究所』を立ち上げたいと思ってます。具体的なことはまだ何も決まってませんが、決定したらご報告させていただきます」


GM「いま本人から説明がありました通り、今後のプロレス活動は『飯伏プロレス研究所』所属としておこなっていくことになります。芸能活動に関してはこれまで通り、オスカープロモーション所属として活動して参ります。最後にもう一つ本人から発表があります」


飯伏「3月21日のDDT両国国技館大会に参戦します。それが僕の復帰戦、そして飯伏プロレス研究所所属の第1戦となります」


カードに関しては、すでに発表されていた、東西正面向正面全面使用エニウェアフォール・ウェポントレジャーハントタッグマッチ◎高木三四郎&葛西純VSKENSO&中澤マイケルの路上マッチに、飯伏&伊橋剛太も加わり、3WAYタッグマッチに変更となる。


飯伏「路上、高木さん、中澤さんがいるということで、そこしかないと思って決めました。僕は両国で路上をやったことがないんで。伊橋と一緒に怒られるようなことをたくさんしたいと思います(笑)。ホントに爆発したいと思います(ニヤリ)」


さらに高木社長も経緯を語った。「何度か話をしてきたなかで、2月に入ったあたりで、本人からの申し出もあったんですけど、正直ね、寂しくないと言ったらウソになるんですけども、やっぱり飯伏幸太という人間が本当にプロレスの新しい可能性、そしてもっともっと世間にプロレスを広めてくれるんじゃないかなという期待がありまして。わたくし、そしてDDTとして本当に送り出してあげたいなと。その申し出を受けたいと思いまして。新しいプロレスの可能性って、それは僕もわからないし、本人もなんか漠然としてる部分もあるとは思うんですけど、なんかすごくワクワクする…それこそワクワクするキーワードだなと思うんで。自分のなかではこれで飯伏幸太と自分、DDTの関係が切れたわけでもなく、何か我々でできることがあれば応援してあげたいという気持ちもあるし。そしてまあ、復帰戦の場所として3月21日の両国大会を選んでくれたということに関しても、壮行試合とか卒業とか、そういうのではなくて、本当に飯伏の新しい門出を祝う…本人の言葉を借りれば爆発した試合って言うんですかね(笑)。自分もそれに関わってるので、まあとにかくすごい試合にしたいなと思ってます」


ここで新日本・菅林直樹会長のコメントも書面で読み上げられた。「飯伏選手の新しいチャレンジに期待しております。今後もまたタイミングが合えば新日本に上がっていただきたいという気持ちは変わりませんので、その時はよろしくお願いいたします」


(以下は質疑応答。)


飯伏「(気力と体力ともに限界を感じるようになったとのことだが、いつ頃から感じてた?)僕のなかでは最初の段階から常に限界ではあったんですね。すぐ限界がきて、でもそれを乗り越えて、また限界がきて、それも乗り越えて…それを何回も何回も繰り返して、最終的にはこうなったと。


(最終的にもう乗り越えられないとなったきっかけ、理由は?)う~ん、もう乗り越えられないっていう状態はそうとう前の段階ですね。(この試合があったからやり切ったとか?)やり切ったとかはとくにはなかったですけど、あまり覚えてなくて(苦笑)。


(菅林会長からまた新日本に上がってほしいとあったが)機会が合えばというか、タイミングが合えば。(新日本とDDTとは契約解除とのことだが、両団体でやり残したことはある?)やり残したというか、もう次、新しいことへいま向いてるので。


(飯伏プロレス研究所は一人?)はい、一人です。(誰かを誘ったりは?)それもまったく決まってないんですけど、怪しい動きをしていきたいなと思います。


(3・21両国以降は?)まったく決まってないです、いまのところは。


(ファンも心配していたと思うが、今回のことでファンもいろんな感情があると思うが、待っていたファンに伝えたいことは)いろいろ自分のなかで限界が来た部分もあったので、こうなってしまったのは本当に申し訳ないなと思います。これからは、別にDDTも新日本プロレスも切れたわけではないし、今後も出てるならどんどん出ていきたいし。いつでもまた見れると思います。またよろしくお願いします。


(芸能活動は)芸能活動のほうも怪しい動きをしていきたいです。


(具体的にやってみたいことや上がってみたいリングは?)僕の想像のなかではあるんですけど、言葉にはできないものなので、説明ができないです。あります、何かは。


(いまのスタイルのプロレスをやり切ったとのことだが、試合自体のスタイルを変えていく?)そこに関しても自分の体の勘というか、任せたいと思う。いつも、全部、勘でやってきたんで。もし同じスタイルじゃないとダメだなと思ったらそうなるだろうし、そこはもう全然考えてないです」


 DDTが会見を開き、飯伏幸太がDDTまた新日本プロレスを退団して独立、そして3月21日のDDT両国大会で復帰することが発表された。


 飯伏は昨年10月の後楽園大会直前で頸椎椎間板ヘルニアで欠場、また腰椎すべり症も明らかになり療養を余儀なくされていた。


 復帰後に関しても新日本とDDTの二団体同時契約を継続していくのかも注目されていたが、選んだ決断は独立だった。


 飯伏は二団体契約の間はDDTが主戦場、新日本はビッグマッチのみだったが、ダブルヘッダーも強いられることもあり、どちらかが終われば、すぐそちらへ移動というレスラー生活を過ごし。また飯伏のスタイルも打撃や空中戦などが主だったこともあり、自身が選んだとはいえ飯伏にとっての二団体同時契約生活は自身の知名度だけでなく、新日本やDDTの躍進の原動力にもなったがコンディション調整の面ではリスクが大きかった。


 そして首と腰を負傷し長期欠場を強いられたことで、二団体同時契約というものに限界を感じ、考えた末に独立を選んだ。今後はスケジュール管理に関してはオスカープロモーションが担当になるということで以前のような状態を改善できるし、調整も出来て、また自身のやりたこともやりやすくなる、飯伏にとってもベストの選択だと思う。


 幸いDDTとはオスカープロモーションと業務提携を結んでいるので、今後とも関係は継続だが、新日本的には円満で贈り出したものの、今後の展開を考えるとという面を考えると残念というのが本音なのでは?


 DDTまた新日本から独立したことで、飯伏はどう動いていくのか?団体の枠を越えたスターを目指して欲しい。


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