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伊賀プロレス通信24時「日常茶飯事(ちゃはんじ)」

略して「イガプロ!」、三重県伊賀市に住むプロレスファンのプロレスブログ!

全日本プロレスの名物タッグ“ザ・ファンタスティックス”の片割れトミー・ロジャース

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全日本プロレスの名物タッグ“ザ・ファンタスティックス”の片割れトミー・ロジャース

ザ・ファンタスティックス
(日刊スポーツより)
 全日本に14回参戦しイケメンで女性に人気だったトミー・ロジャース(写真右)さんが1日(日本時間2日)、ハワイ・ホノルルの自宅で早朝亡くなっているのを発見されたと、米メディアが報じた。54歳だった。死因は不明。
 
 ロジャースさんは、82年にデビュー。84年にボビー・フルトンと名コンビ、ザ・ファンタスティックを結成し、全米各地でタッグ王座を獲得した。87年7月から全日本に14回参戦し、アジアタッグに6度挑戦するなど好試合を演じた。97年にWWEに参戦、07年に引退していた。


 全日本プロレスの常連外国人選手の一人だったトミー・ロジャースさんが死去した、享年54歳。
 

 ロジャースさんはボビー・フルトンとのタッグ『ザ・ファンタスティックス』で89年7月全日本プロレスの「サマーアクション・シリーズ」に初来日、合体技であるファンタスティックフィリップ(トップロープのパートナーを空いてに向かって投げ下ろす)を披露してファンから高評価を得て、同シリーズではジョー・マレンコとディーン・マレンコのマレンコ兄弟と対戦し敗れはしたが大熱戦を展開、以降全日本の常連となったがアジアタッグ王座は奪取できず、ロジャースもシングルプレーヤーとして渕正信の保持する世界ジュニアヘビー級王座に挑戦したが敗れるなど王座には縁がなかった。


 1996年スーパーパワーシリーズを持って全日本を離れてしまってからは消息が聞かれなったが、2004年3月にIWA JAPANにファンタスティックスとして来日、選手としてはこれが最後の来日だった。


 タイトルには縁がなかったが全日本のタッグ戦線を大いに沸かせた選手だった。


 ご冥福をお祈りします

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