ロディ・ハイパー
[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
ただいまコメントを受けつけておりません。
ロディ・ハイパー
WWEがWWEの殿堂入り者であるロディ・パイパーが死去したことを報じた、享年61歳。ハイパーは2006年にホジキンス・リンパ腫と診断され昨年11月にはガンであることを公表していた。
ハイパーの初来日は新日本プロレス、1978年3月に来日した際にはマスクマンのマスクド・カナディアンとなり凱旋帰国した藤波辰爾の凱旋マッチの相手を務め、ドラゴン・スープレックスで敗れた。
自分が始めてTVで見たのは全日本プロレス、昭和58年にはディック・スレーターと組んでジャイアント馬場、ジャンボ鶴田組の保持するインターナショナルタッグ選手権に挑戦したが、アメリカではリック・フレアーの保持しているNWA世界ヘビー級王座に挑戦するなどトップとして扱われていたが、日本ではトップとして扱われず、新日本また全日本でも常連として定着しなかった。
ハイパーがトップに扱われるようになったのはWWFに移籍してから、WWF王座は獲得しなかったがパイパーズ・ピットというトークコーナーで抗争相手と舌戦を繰り広げる、トークという部分で存在感を発揮し、後に映画俳優として「ゼイリブ」の主演となり、日本でも公開され、時折りTVでも放送された。
晩年はWWEを出たり入ったりを繰り返していたが、WWEの殿堂入りも果たし、最終的にレスラーとしてのキャリアはWWEで終えた、WWEではビッグタイトルには恵まれず、2005年にリック・フレアーと組んで世界タッグ王座を獲得したのみだったが、ベルトより存在感で発揮したレスラーだった。
ご冥福をお祈りします
コメント
ただいまコメントを受けつけておりません。
コメント