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伊賀プロレス通信24時「日常茶飯事(ちゃはんじ)」

略して「イガプロ!」、三重県伊賀市に住むプロレスファンのプロレスブログ!

またPRIDEの一つの歴史に幕が降りた・・・アントニオ・ホドリゴ・ノゲイラが引退!

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またPRIDEの一つの歴史に幕が降りた・・・アントニオ・ホドリゴ・ノゲイラが引退!

 PRIDEヘビー級王者だったアントニオ・ホドリゴ・ノゲイラが引退を表明した。


 ノゲイラは昨年4月にロイ・ネルソンに失神KO負けを喫し、社長であるダナ・ホワイトから引退勧告を受け、2日地元ブラジルで開催された「UFC190」でステファン ストルーブと対戦し再起をかけるも、2R目でテイクダウンを奪って関節技に持ち込もうとするが逃れられ、ストルーブが長身から繰り出すパンチやキックの前にノゲイラが劣勢に立たされる。3Rもノゲイラはタックルを仕掛けるが逃れられるも、前へ出る姿勢だけは崩さなかった、しかし最後まで自身のペースに持ち込めないまま試合終了となり判定3-0で敗戦、大会後に再度ダナ社長から引退勧告を受け、本人が受け入れる形で引退となった。


 ノゲイラの初来日はリングス、KOKルールで行われた「KING OF KINGS 1999トーナメント」では決勝まで進出するも判定でダン・ヘンダーソンに敗れ準優勝になるも、PRIDEに参戦してからはトップファイターの一角となり、初代PRIDE王者となったが、2003年3月にエメリヤーエンコ・ヒョードルに判定で敗れ王座から転落、ヒョードルとは2004年の大晦日に再戦するも判定負けを喫し、ヒョードルには勝てなかった。


 プロレスとの縁はなかったが、2003年大晦日に開催された「INOKI BOM-BA-YE 2003」では新日本プロレスの永田裕志との対戦が浮上したが、この年は「PRIDE男祭り」、「K-1 Dyamaite」、「INOKI BOM-BA-YE」と三つの格闘技イベントが同日開催され、PRIDEと「INOKI BOM-BA-YE」の間で選手の引き抜き合戦が激化、永田の相手もノゲイラからヒョードル、またノゲイラに変わるなど一転二転したが、結局永田の相手はヒョードルとなり、永田vsノゲイラは実現しなかった。


 ヒョードルは今年復帰を示唆したが、ノゲイラは引退、またPRIDEの時代が過去のものになっていくものを感じさせてしまった。
 

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