伊賀プロレス通信24時「日常茶飯事(ちゃはんじ)」

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永田裕志デビュー20周年、目指せ!新日本プロレスの“ミスタープロレス”


IMG.jpg 永田裕志が今年デビュー20周年を迎える、自分が永田を生で初めて見たのは1993年6月10日奈良県立橿原市体育館、永田は前年の10月デビューで当時はデビューしたばかり、永田は第2試合でワイルド・ペガサス(クリス・ベノワ=故人)と対戦しいいところなく敗れた、当時のヤングライオンはデビューしていきなりSGタッグリーグ戦で藤波辰爾のパートナーに抜擢された中西学、スーパージュニアに参戦した大谷晋二郎、藤原組に出向いて藤原喜明と対戦した石澤常光が注目を集めており、永田は注目を集める存在ではなかった。






IMG_0001.jpg その永田が頭角を現し始めたのはUWFインターナショナルとの対抗戦から、1995年9月、横浜アリーナ大会で長州力のパートナーに抜擢された永田は安生洋二、中野龍雄組と対戦し、長州に認められて対Uインターの先兵として活躍、ヤングライオン杯は制覇できなかったが当時提携していたWCWへ海外武者修行に出発、1998年8月8日大阪ドーム大会に帰国し、凱旋マッチで若手だった藤田和之と組んで小島聡、中西学組と対戦、この試合も自分が生で観戦した試合だったが、試合は藤田が小島のラリアットでフォール負けを喫したものの、小島と中西相手に引けを取らないなど1年前とは違うというものを充分に見せ付けた、永田は9月23日の横浜アリーナ大会で蝶野正洋が返上し空位となったIWGPヘビー級王座の決定戦に抜擢されスコット・ノートン戦に抜擢され、試合は敗れたものの高い評価を受けた、ここから永田のミスターIWGPとしての道が開けたといっても過言ではないと思う。



 2002年4月に永田はやっとIWGP王者となったものの、新日本プロレスは橋本真也や武藤敬司が退団、そして永田を後押ししていた長州までオーナーであるアントニオ猪木を批判して退団、新日本の内部の乱れが露呈するなど“暗黒期”へと突入、王者となった永田も猪木が推進していた格闘技路線に借り出され「INOKI BOM-BA-YE 2001」ではミルコ・クロコップと総合ルールで対戦するが、ミルコのハイキックを食らって1RTKO負け、このときの永田はファンからは「責任を取ってIWGP王座を返上しろ!」とバッシングを受けたが、それでも永田は橋本が記録した防衛記録9を破って10度の防衛記録を達成、その中で自分のベストバウトは2002年12月10日大阪府立体育会館での村上和成戦、魔界倶楽部に属していた村上は永田を大流血に追い込んだ、だが永田は白眼式腕固めで村上を捕獲、真っ赤に染まった永田の顔に白眼・・・試合は永田がリストクラッチ式エクスプロイダーで6度目の防衛に成功したがキラー永田の真髄を見た試合でもあった。

 永田はその後IWGPから遠ざかるも、棚橋弘至と組んでGHCタッグ王座、ケンドー・カシンと組んで世界タッグ王座を獲得するなど他団体での存在を発揮し、また格闘技路線に借り出され2003年12月31日「INOKI BOM-BA-YE 2003」でエメリヤーエンコ・ヒョードルと対戦して1RTKO負け、ヒョードル戦の敗戦は前日まで永田の相手がヒョードルかアントニオ・ホドリゴ・ノゲイラになるかわからなかったため、ある意味永田にとって不運な部分もあり、すぐ1月4日の東京ドームでは秋山準の保持するGHCヘビー級王座に挑戦して敗れるなど、暗黒期と言われた時代の永田は損な役回りを受けることのほうが多く不遇な時期だったと思う。

 新日本プロレスも猪木体制からユークス体制となり2007年のNEW JAPAN CUPを制覇した永田は4月の大阪府立体育会館でIWGPヘビー級王者となっていた棚橋に挑戦し王座に返り咲いた、この試合はスカパーのPPVで見ていたが、永田にはやっぱりIWGPがよく似合うと思ったことはなかった。
IMG_0002.jpg

 そして現在・・・全日本プロレスでは全日本ファンからブーイングを浴びることでアウウェイを楽しむようになり、TAJIRIとの抗争では敗れたときのマニュフェストとして東金市で自らかくし芸大会のハナ肇を彷彿させるいような銅像になったり、NOSAWA論外やMAZADAと組んだ際には東京愚連隊のコスチュームで登場し、またG1特訓ではナガダンスをマスターするなど、天龍源一郎のような粋なレスラーになりつつあるような感じがする、これは自分の願望でもあるが永田は新日本プロレスの“ミスタープロレス”であって欲しいと思う。





 最後に永田裕志選手“デビュー20周年”おめでとうございます!


 
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