伊賀プロレス通信24時「日常茶飯事(ちゃはんじ)」

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元子さんが明かす三冠ベルト返還の真相・・・・全日本プロレスに対する決別だった

(ジャイアント馬場記念館10月21日と三冠ベルトより

10月21日は馬場さんと私にとって忘れられない1日です。


1972年10月21、全日本プロレスは東京の町田市体育館で旗揚げ第一戦をおこないました。


その後、90年代には何度か日本武道館で記念大会を開催いたしました。


ファンの皆様にとっても思い出深い1日になっていたとしたら、本当にうれしい限りです。

 


そして今年もまた10月21日がやってきました。


旗揚げから数えれば41周年ということになります。


でも馬場さんと私にとっての全日本プロレスは30周年を迎えた時点で完結したと思っています。


2002年の秋からは武藤さんが社長となり、信頼関係の中で三冠ベルトも預けてきました。

 


しかし、先ごろ全日本プロレスも新体制となり、それにともない三冠ベルトも馬場さんのもとへ返却してもらうことになりました。


この3本のベルトには馬場さんが歩いてきた全日本プロレスの歴史が凝縮されています。


当時ファンの皆様からいただいた熱い声援を思い出しながら、これからは3本のベルトとともに一日一日を大切に過ごしていきたいと思っています。

 

 ジャイアント馬場さんの未亡人である馬場元子さんのブログで今日発売の週刊プロレスにも掲載されたが、元子さんが旧三冠統一ヘビー級ベルトの返還してもらった経緯を更新、内容は全日本プロレスに対しての決別宣言だった。


 元子さんの中ではジャイアント馬場さんの全日本プロレスは元子さんが経営から手を引いた時点で終結していたが三冠ベルトや側近だった和田京平レフェリーが残ったことで馬場さんの魂は全日本に残った。だが武藤敬司が馬場さんの魂を引き継がないことを明確にすると、京平レフェリーは馬場さんの魂を持って全日本を去り、三冠ベルトと全日本プロレスという看板だけが武藤に引き継がれた。


 ところが白石伸生氏が全日本プロレスのオーナーになるとジャイアント馬場さんの存在を担ぎ出した、Facebookでは元子さんにも全日本に携わってもらうことを示唆していたが、仮に要請があったとしても元子さんは断っていたと思う。いくら白石オーナーが王道復古?とアピールしても、元子さんの中では現在の全日本プロレスには馬場さんの魂はない、また馬場さんの名前を利用しないでほしいという思いもある、三冠ベルトの返還は元子さん・・いやジャイアント馬場さんなりの全日本プロレスに対する決別宣言だったのでは思っている。


 現在の全日本に王道はあるのかというと、秋山準を始めとした馬場さんから教えを乞うたレスラー達が馬場さんの教えを守りつつ新しい王道を築こうとしている、馬場さんの魂はなくても馬場さんの教えはしっかり受け継がれていく・・・

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