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伊賀プロレス通信24時「日常茶飯事(ちゃはんじ)」

 略して「イガプロ!」、三重県伊賀市に住むプロレスファンのプロレスブログ!

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安生洋二引退・・・高田延彦のために尽くしてきたレスラー人生

 3月19日後楽園ホールにて安生洋二が引退することになった。


 安生洋二はプロレス界が激動期に入った昭和60年に第一次UWFデビュー、この時点では単なる若手に過ぎなかったが、新日本プロレス提携時代を経て第二次UWFからは若手から中堅レスラーへとなったが、前田日明は安生をいつまでも若手としか見ず、それが前田との確執へと繋がっていった。


 安生は宮戸優光と共に高田延彦をエースとして担ぎ出してUWFインターナショナルを旗揚げ、道場でも「ラッパ先生」と言われるほど強さを評された安生はUインターでは高田の用心棒となり、エース・高田を影から支え、時には前田や新日本プロレスの現場監督だった長州力とのやり取りでも、高田を守るために宮戸や鈴木健氏と共に対外的に「嫌われ者」となった、長州はこのUインターの三幹部を時には“三バカ”と名付けていた。


 Uインターで脇役となった安生がクローズアップされたのは“ヒクソン・グレイシー道場破り事件”、事件は道場破りではなくUインターはヒクソンを招こうとした交渉とされていたが、万が一を考えて道場破りというシナリオも想定されていた、しかしそれはあくまで最終手段であり、Uインター側が提示した条件を飲もうとしないヒクソンをおびき出すために道場破りをアピールしたに過ぎなかった。
 しかし結果は現地側のエージェントである笹崎伸司の手違いで道場破りは敢行されてしまい、安生はヒクソンに叩き潰されてしまった。
 この事件でただでさえ経営が厳しい状況だったUインターは決定的なダメージを負ったが、この事件をきっかけに安生は一レスラーとしてのステータスを高めるきっかけを作った。


 経営的に行き詰まったUインターは新日本プロレスとの対抗戦へと突入、安生は“ミスター200%”へと変身、高山善廣と山本健一と共にゴールデンカップスを結成、Uインター内だけでなく新日本やWARを股にかけて活躍するも、安生にしてみれば外からUインターという団体をアピールする手段に過ぎなかった、だが安生の奮闘も空しくUインターは解散、ゴールデンカップスも解散し高山は全日本、山健はリングスへと移籍して散り散りとなった。


 安生はUインターの後続団体としてキングダムを結成するも、参加予定だった高田は団体運営に疲れていたこととDSE(PRIDE)に取り込まれてしまい参加せず、キングダムも1年足らずで解散、安生はフリーとなって全日本やWJなど渡り歩いたが、レスラーとして最後に辿り着いたのはハッスル、アンジョー司令長官となった安生は再び高田総統となった高田の用心棒となった、元々前田ではなく高田に憧れてUWFへ入門しただけに、キングダムでは一度裏切られたものの安生にとっての高田は主従の関係に近いものがあるのかもしれない。


 安生のレスラー人生も19日で終わる、今後は鈴木健氏の下で焼き鳥屋の修行するそうだが、レスラー人生のほとんどを高田に尽くしてきただけに、今後は自分の道をしっかり歩んで欲しい。

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