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伊賀プロレス通信24時「日常茶飯事(ちゃはんじ)」

 略して「イガプロ!」、三重県伊賀市に住むプロレスファンのプロレスブログ!

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プロレス初観戦から30年・・・30年前の昭和59年は動乱の年だった

今年で自分はプロレス観戦歴30周年を迎えていた。


なぜ過去形なのか?恥ずかしながら、つい最近思い出したからだ。


初観戦したのは昭和59年2月9日、新日本プロレス旧・大阪府立体育会館大会


先月も11日に新日本プロレス、名称も建物も変わったボディーメーカーコロシアム大会を観戦したが、30周年目も同所で新日本プロレスとは意識していたわけではなかったものの、気がつけばそうだったなというのが率直な感想である。


当時のカード
アントニオ猪木 前田明 藤原喜明vs長州力 アニマル浜口 谷津嘉章


ハルク・ホーガンvsラッシャー木村


NWA世界ジュニアヘビー級選手権
<王者>ザ・コブラvs<挑戦者>小林邦昭


藤波辰己 木村健吾vsバット・ニュース・アレン アイアン・マイク・シャープ


ダイナマイト・キッド デイビーボーイ・スミスvsブラック・タイガー 高田伸彦


 メインのカードは正規軍vs維新軍の6人タッグ戦(燃えろ!新日本プロレスの「流血特集」に収録)だったが、当時の新日本は初代タイガーマスクの引退から始まったクーデター騒動の余波があったものの、どんなカードでも大会場を満員に出来るパワーがあった。


 だがその舞台裏では新日本プロレスを追われた新間寿氏がUWF(第1次)の設立に動き、シリーズ中には中堅の一角だった剛竜馬が姿を消す事態が起きていた。


 またアメリカマット界でも大きなうねりが起き、ホーガンがWWF(WWE)世界ヘビー級王座を奪取、ホーガンという大スターを手に入れたWWFはNWA、AWAの各テリトリーに対して侵攻を開始していた。


 新日本も大阪大会後にフィリピン遠征を経て前田とラッシャー木村が離脱しUWFへと走った、8月には藤原、高田そして木戸修も離脱してUWFへ、9月には長州力ら維新軍団と中堅・若手らがこぞって離脱し、新日本プロレスと決別した大塚直樹氏が設立したジャパンプロレスへと移籍、ジャパンを経て全日本プロレスへと参戦した。


 プロレス初観戦した昭和59年は新日本の分裂によって新日本、全日本という絶対体制が崩れ、アメリカでもNWA、AWAの二大メジャーが崩れた動乱の年だった。


 あれから30年・・・日本を含めたマット界は大きく変わっていった、昭和59年は今でも忘れられない年でもあり、これからもマット界をずっと見定めていきたい。

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