伊賀プロレス通信24時「日常茶飯事(ちゃはんじ)」

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プロレス多事争論2013 藤田和之vs暴走王・・・・不信感だけが渦巻いていたリング

 2012年12月31日両国国技館でIGF「INOKI BOM-BA-YE2012」が開催され、メインカードとして藤田和之vs暴走王(小川直也)が組まれた、自分は当日「年越しプロレス2012」の観戦で後楽園ホールに訪れていたが、大会を観戦しつつ藤田vs暴走王の結果を気になっていた、そして結果が入るも藤田がTKO勝利ながらも不完全燃焼試合とされていることから、何があったのかと思った。


 試合を新幹線の中でYouTubeや帰宅してからBSフジで放送されていたものを録画してあったので視聴、数人配置されたレフェリー、不意打ち的な攻撃をする暴走王、試合中に「会長を呼べ」と猪木を呼び出す藤田、試合後に猪木にキレる藤田、観客にキレる猪木・・・、そして最近になって藤田vs暴走王戦を振り返る意味で改めて視聴したが、リング上は「不信感」が渦巻いていていた。


 実現までの経過を改めて振り返る、2012年10月16日に藤田に呼び出される形で暴走王がIGFの会場に出現、藤田が暴走王をコキ降ろす形で挑発したため藤田vs暴走王が実現へ一気に動き出した。


 藤田vs暴走王がなぜ実現に動いたのか、2011年の大晦日はIGFと共催という形でDREAM(リアルエンターテイメント)が大晦日興行を開催したが、2012年に親会社的存在だったFEGが破産、煽りを受けてDREAMを仕切っていたリアル・エンターテイメントも閉鎖となりこの時点では誰もが格闘技の大晦日興行が消滅状態と考えていた。そこで東スポがIGFが単独で大晦日興行に動いていることを報じ、7月にジェロム・レ・バンナを破りIGF王者となった際に藤田が対戦相手の一人として暴走王の名前の名前が浮上した。


 しかし猪木はマスコミに向けて「世界的なカードじゃない」」「ぶっちゃけた話をすれば(大晦日)勝負には小川は出てこない、みんな方針が変わったことに気づいていない」という理由でカードそのものを白紙にすることを示唆する、理由は猪木が世界に向けて発信する大会にしたいのと、暴走王に対する不信感、猪木は暴走王に対しては「偏屈」「ごねる」「大会直前になってギャラのことを持ち出してくる」などいい感情を持っておらず、暴走王も表向きは猪木をリスペクトはしているが煙たい存在としても扱うようになっていたことから師弟関係も破綻同然だった。また藤田vs暴走王が実現したとしても暴走王の態度次第では不穏試合になるのではという考えもあった。猪木は藤田vs暴走王戦の流れを潰すべく藤田vsバティスタ戦実現へ動くが、マスコミが藤田vs暴走王戦を煽り、藤田がやる気と暴走王の“一応”のやる気を見せたことで、さすがの猪木も流れを止めることが出来ず、周囲に押し切られる形で猪木も藤田vs暴走王戦にGOサインを出した。


 なぜ不穏試合となったのか?藤田と暴走王の間に信頼関係が成り立っていなかったからだった、プロレスは「受けた分だけ、やり返さなければならない、それがプロレスに対する礼儀であり、レスラーに対する礼儀である」礼をもって礼で返すことで信頼関係を築く、それがプロレスでの最大のマナーである。藤田は暴走王を潰そうとしていたのか?藤田は暴走王のことをコキ卸しても、KAMINOGEのインタビューでは「アイツ(暴走王)のあの狂気を引き出せるのはオレしかいない」とコメントしていた通り、1・4事変の暴走王を引き出した上で勝つことを考えていたことから最低限のリスペクトは持っていた。暴走王はどうだったか?暴走王は自分の商品価値を落とされることを非常に嫌っている。猪木からも毛嫌いされ、またIGFを最初に辞めた経緯を考えると“猪木やIGFは藤田を使ってオレを潰し自分の商品価値を落とそうとしているのでは”と勘繰ったのではないだろうか?藤田は昨年10月16日では顔面フックで澤田敦士をKOしたが、藤田vs暴走戦が決定してからは週刊プロレスのインタビューで「パンチはプロレスでは反則だろう」と訴えていたことから“藤田がセメントを仕掛けて潰すのでは”と勘繰りゴネ始めていたのではと思う。


 試合当日に藤田は「しっかりプロレスをやるように努力しますけど、もし向こうが変な仕掛けをしてきたら、俺はいきますよ」とIGFサイドに伝えていた、おそらくだが暴走王は試合当日になっても“藤田がセメントを仕掛けるのでは”と勘繰り続けたままでゴネ続け藤田にも伝わった。藤田にしてみればIGFではなく暴走王に“オレを信用しろ”と伝えたかったのではないだろうか?しかし藤田のメッセージは暴走王には伝わらなかったのか、それでも信用しなかったのか?藤田のメッセージをIGF側が異常に反応してしまい、試合開始直前となってサブレフェリーを5~6人配置したのだ、IGFにしてみれば万が一有事に備えてと考えていたのだろうが、それだけ二人の試合がどうなるか、また“どちらかが仕掛けるのでは”と勘繰っていたのではないだろうか?

 
 そして試合となったがゴング直前で暴走王が不意打ちでを仕掛けてくる、普通のプロレスの流れだとそのままゴングが鳴るがレフェリーが総出で入り双方を宥め仕切り直しで試合開始のゴングが鳴るも、暴走王が攻めても藤田が攻めようとすると何故かレフェリー数人が割って入り分けようとする、レフェリー達は暴走王の不意打ちで藤田が怒っていると考えていたが、藤田にしてみれば“オレは信用されていないのか!”だったのではと思う、藤田はリングサイドにいない猪木を呼び出す、なぜ猪木はリングサイドにいなかったのか?猪木は自身が乗り気でない試合はわざわざリングサイドまで見に来ない、現に新日本にNOAHの三沢光晴や小橋建太が参戦したときは猪木はNOAH勢の試合を見ようとせずリングサイドから離れている、最後は藤田が暴走王を抱えて前へ落としバウンドの連打で試合はストップで藤田の勝利、試合後には藤田が猪木と暴走王がグルになっていると思ったのか「てめえら二人(猪木と小川?)でやってろ」捨て台詞を吐くと、猪木は不穏試合になった責任を取る意味で「1・2・3ダーで締めくくるがブチ切れたまま、藤田は暴走王をかつての暴走王に呼び覚まそうとしていたが、暴走王は藤田が潰すのではと勘繰り、猪木は最初から試合には乗り気ではなく・・・結局リングの中は不信感が渦巻いただけだった。


 その後2月の大会で澤田を降した暴走王を第1試合に出場した藤田が襲い掛かりパンチでKO、藤田にしてみれば再戦の意思を確かめる意味で藤田を襲撃したと思うが、暴走王は再戦はアピールしても藤田を避け続け、今年の大晦日は藤田が石井慧、暴走王がアーツ戦を選択したがアーツの参戦がなくなったことで相手は未定となった。IGFも猪木が参議議員選挙に出馬し当選、議員に復帰したことで中心からは一歩引き、藤田と暴走王の二枚看板を中心に据えたいという意図もあってか、二人の潰しあいを避けて再戦にGOサインを出さなかったのか?


 藤田と暴走王は相変わらずたがいに不信感を抱いたままの関係は続き、大晦日をまもなく迎える・・・・

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