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伊賀プロレス通信24時「日常茶飯事(ちゃはんじ)」

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森嶋猛が体調悪化で引退を表明・・・・旗揚げからNOAHを支えてきた14年間

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森嶋猛が体調悪化で引退を表明・・・・旗揚げからNOAHを支えてきた14年間

森嶋猛
<東京スポーツより>

 プロレスリング・ノアの森嶋猛(36)が現役引退を決意したことが20日、本紙の取材で明らかになった。出場予定だった「グローバルタッグリーグ戦2015」を緊急欠場したが、ドクターストップがかかっていたことが判明。「糖尿病」とみられ、このまま現役生活を続けることは困難と判断した模様だ。上昇傾向にあった方舟マットで、トップレスラー引退の衝撃が走る事態になった。

 複数の関係者の話を総合すると、森嶋が現役生活にピリオドを打つことを決意した。事態が急変したのは16日のこと。午後4時から予定されていた「グローバルタッグリーグ戦」の会見に出席するため、森嶋は東京・有明のノア事務所を訪れた。ところが取締役でもある森嶋の口から幹部たちに伝えられたのは「血液の数値が悪い。このまま引退する」という衝撃的なものだった。

 引き留めが困難と判断した団体側は、2000年8月の旗揚げメンバーであり、功労者でもある森嶋を送り出すために妥協案を提示。病状を見ながらでもリングに上がり、8月の旗揚げ記念大会や年末に予定するビッグマッチで盛大な引退試合を行うことを勧めた。発表も、早くても故三沢光晴さんの七回忌興行(6月13日、広島グリーンアリーナ)後にする方向で調整され、ひとまず古傷を再発させたことによる緊急欠場という発表に至った。

 ところが、森嶋は190センチ、130キロの巨漢戦士でリング上でも暴走ファイトが持ち味だが、内面は繊細。体調悪化で一度落ちたリングへのモチベーションが上がることはなかった。引退の意思は固く、このまま引退試合も行わずにリングを去ることが濃厚だ。すでに森嶋本人は18日の時点で、所属選手や他団体で親交のあった選手たちに現役引退を報告しており「糖尿病が原因」と説明している。

 各地のプロモーターやスポンサー筋への説明が終わり次第、21日にも正式発表される見込みで、引退発表会見も行われない。


<プロレス格闘技DXより>
 ノアは21日、森嶋猛の引退を発表した。電撃的に約17年のレスラー生活にピリオドが打たれた。

  森嶋は右肩、左ひじ、左ヒザを慢性的に痛めており、2013年には約4ヶ月間に渡って欠場していた。ここ最近も再び症状を悪化させており、今月16日から欠場。グローバル・タッグリーグ戦に穴を開けることを決断せざるを得なかった。また、重ねて血中の“ヘモグロビンHbA1c”の数値が異常に高く、ドクターストップがかかった。負傷と体調の悪化を総合的に判断した結果“引退"という決断に至った。

  現在森嶋は療養中で、引退発表に合わせた記者会見は行われなかった。現在のところ引退試合を行う予定はないが、ノアでは引退セレモニーの開催を検討中。あまりに突然の引退は波紋も呼びそうだが、このまま引退試合が行われなければ、4・11新潟大会での6人タッグマッチ「森嶋&マイバッハ谷口&北宮光洋vsマイキー・ニコルス&シェイン・ヘイスト&スペル・クレイジー」(※写真)が現役ラストファイトとなる。

  近く直接ファンへのあいさつを行う予定。日時、場所などについては、決定次第追って発表される。

  森嶋は1998年、全日本プロレスに入門。2000年にはノア旗揚げに参加し、2002年には力皇猛との“WILD2"でGHCタッグ王座を獲得した。2007年にはアメリカ遠征を繰り返してROH世界ヘビー級王座を奪取。2008年には故・三沢光晴さんを破ってGHCヘビー級王座初戴冠に成功した。

  その後はノアのトップの一角として活躍し続け、2012年には再びGHCヘビー級王座に就いて「やる気、元気」を合い言葉に1年間に渡って団体をけん引。去年はマイバッハ谷口、拳王、大原はじめらと「超危暴軍」を結成し、“首領"(ドン)として軍団を引っ張った。最近では対鈴木軍に本腰を上げ、その行方が注目された矢先だった。

  ノアとしても再び戦力面で打撃を受けることとなった。2009年には三沢さんが亡くなり、2011年には力皇猛が負傷のため引退。2012年末には秋山準、潮崎豪ら5選手が離脱し、2013年には小橋建太が引退した。昨年同時期にはKENTAが米WWE挑戦のためノアを退団。今年もまた1本、大きな柱を失う形となった。

  森嶋引退に関するノアからの発表事項は以下の通り。


---ご報告---

 森嶋猛選手につきまして、この度、引退をすることになりましたことをご報告申し上げます。

  急なご報告となり、ファンの皆様、関係各位にお詫び申し上げます。

  先に欠場を発表させていただきました通り、多くの負傷箇所を抱えて長年、試合に臨んでいた森嶋選手ですが、血液検査の結果、血液中のヘモグロビンHbA1cの数値が異常に高く、ドクターストップがかかってしまいました。

  今後、治療を続けてもノアの最前線で試合をしていくことは不可能との判断から森嶋選手自身が引退という決断に至りました。

  ファンの皆様には本人より直接、ご挨拶を差し上げさせていただく予定です。詳しい日時、会場、引退セレモニーにつきましても、追ってご報告をさせていただきます。

  森嶋猛選手、プロレスリング・ノアを応援して下さる皆様に、急なご報告となりましたことを、重ねてお詫び申し上げます。

プロレスリング・ノア


 NOAHの森嶋猛が引退を発表した、理由は糖尿病、血液中のヘモグロビンHbA1c(高血糖状態が長期間続くと、血管内の余分なブドウ糖は体内の蛋白と結合し。この際、赤血球の蛋白であるヘモグロビン(Hb)とブドウ糖が結合したものがグリコヘモグロビンで。このグリコヘモグロビンには何種類かあり、糖尿病と密接な関係を有するものがHbA1c(ヘモグロビン・エイワンシー)である)の数値が以上に高かったため引退を余儀なくされた。


 森嶋は1998年全日本プロレスでデビューということから、ジャイアント馬場さんから教えを乞うたレスラーの一人、三沢光晴に追随してNOAHの旗揚げにも参加した。三沢を破ってGHCヘビー級王座を奪取したが、ちょうどNOAHも下り坂に差し掛かっていた時期でもあり、武道館での力皇猛との防衛戦が不入りとなるなど、NOAHの次期エースとしてなかなか認められなかった。
 三沢死去後に2012年潮﨑豪を破り2度目の戴冠となり新日本プロレスの小島聡にも防衛するなど1年間に渡って王座を守り抜いたが、その間に秋山準と潮﨑豪らバーニング勢がNOAHを離脱、KENTAに敗れ王座転落後に小橋建太や田上明が引退、KENTAのWWE移籍など離脱や引退が相次ぐなか、それでも森嶋は同期の丸藤や後輩である杉浦共にNOAHを支えてきたが、2度に渡って減量や肉体改造などで欠場もしてきたが、欠場期間中は体調管理との戦いだったと思う。
 2014年にKENTAを破り3度目のGHCヘビー級王座を奪取しヒールユニット超危暴軍を結成したが、永田裕志に敗れ初防衛に失敗、以降は一歩引いたスタンスを取り始めていたのが気になっていたが、対鈴木軍に名乗りを挙げたことで再浮上に期待していたが引退は残念である。


 森嶋の思い出といえば2001年に力皇と共にスターネスのリーダーだった秋山に突然襲い掛かりWILDⅡを結成したこと、ちょうどその試合を生で見ていたが、デビューして3年しか経っていない森嶋と、1年足らずの力皇がどこまでやれるのかと思っていたが、1年後にノーフィアー(高山善廣&大森隆男)を破ってGHCタッグ王座を奪取したときは、この二人はNOAHの将来を支えるレスラーになると実感した。


 森嶋の引退はNOAHにとっても大打撃だが、森嶋の体調を考えると仕方のないこと、森嶋にはご苦労様としかいいようがない・・・・

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