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伊賀プロレス通信24時「日常茶飯事(ちゃはんじ)」

略して「イガプロ!」、三重県伊賀市に住むプロレスファンのプロレスブログ!

元大関・把瑠都がRIZIN参戦へ、話題先行のRIZINの前にIGFは後手にまわる・・・

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元大関・把瑠都がRIZIN参戦へ、話題先行のRIZINの前にIGFは後手にまわる・・・

<バウトレビューより>
 RIZIN 12月31日(木) さいたまスーパーアリーナ大会で大相撲元大関の把瑠都(ばると)がMMAデビューすることが決まった。把瑠都は2年前に左膝の状態が悪化し相撲を引退したが、1年前からMMAに誘われ、体重を減らし下半身を強化し、現在はピーター・アーツ、小路晃らとデビューに向け練習。22日の発表会見では高田延彦RIZIN統括本部長をお姫様抱っこしマスコミを驚かせた。
 把瑠都は旧ソ連のエストニア出身で、1984年11月5日生まれの30歳。四股名は把瑠都凱斗(ばるとかいと)で本名はホーヴェルソン・カイド(Höövelson Kaido)。2003年には出場選手4人ながらもエストニアのジュニア柔道選手権で優勝したことがある。相撲とは小学6年生の時に出会い、来日後2004年5月に初土俵を踏み、06年5月にスピード入幕し、12年1月場所で唯一の幕内優勝を果たし、2013年3月には大関に昇進した。身長198cm、体重189kgという恵まれた体形だったが、左膝靭帯損傷等の怪我に泣き、2013年1月場所から関脇に陥落し、2013年9月場所から十両となる直前に引退。その後はエストニアで実業家をしていたという。
 22日、東京・白金台の八芳園での会見で把瑠都は「怪我も良くなって(RIZINに協力しているリトアニアBUSHIDOの)ドナタス(・シマネイティス代表)さんから『(MMAを)やってみませんか』と声をかけてもらいました。ピーター・アーツさんとアキラ・ショウジ(小路晃)さんの助けを借りて(練習して)がんばります」「1年前から話が来て、練習をしていて、1か月前からこんな大きいチャンスができたと聞いて、やろうと思いました」とMMA挑戦の経緯を話した。今の体重は160~170kgぐらいで、左膝の古傷の状態については「筋肉をつけないと痛みが出るから、下半身たくさん疲れて(トレーニングを)やって来ました」と語った。
 会見にはホーヴェルソン・カイドの本名で登場し、リングネームは今後検討するといい、榊原信行RIZIN実行委員長は「四股名に変わる名前を考えたい」とコメント。囲み取材で榊原氏は「膝はしっかりリカバーしていて、120kgのヘビー級を超えたスーパーヘビー級があれば、世界一を狙えると思います。柔道では内股が得意だったそうです。11月中旬からピーターと打撃を徹底的に習い、その後も本格的にトレーニング計画があるみたいで、早くエストニアに戻ってトレーニングをしたいようです。どういう選手と向き合えば噛み合うのか頭を悩ますところですが(対戦相手は)10月中に決定できればと思っています」と話した。


 大相撲の元大関・把瑠都が大晦日にさいたまスーパーアリーナで開催される「RIZIN」でMMAデビューすることが発表された。
 把瑠都は2004年に初土俵を踏み、2006年に新入幕、2010年に大関に昇進した。しかし昇進後はケガがに悩まされ、関脇に転落、そして2013年に十両陥落が決定したのを契機に引退、引退した際には全日本プロレスが獲得に名乗りを上げていたが、全日本は前オーナーの一方的な発言だったこともあって獲得には本腰を上げなかった。
 「RIZIN」が大晦日でフジテレビ系列で放送されることが決まっていることから、視聴率を獲得するには一般受けする素材が不可欠、それで把瑠都に目を付けたということだろう。
 同日大晦日ではIGFも両国国技館で「INOKI BOM-BA-YE 2015」を開催するが、おそらくMMAがメインとして扱われる。だが話題性で「RIZIN」に先行されてしまい、IGFは完全に後手に回ってしまった。
 IGFの総帥であるアントニオ猪木は業界が盛り上がるならと興行戦争を歓迎しているが、今のところ戦争すらならずワンサイド状態、後手に回ったIGFはどう反撃するのか…
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