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野人・中西学が復帰!!桜庭、柴田が井上、広夢の新日本勢に速攻勝利で大きなインパクトを与える!
今日は全日本プロレスが横浜文化体育館、DRAGON GATEが大田区総合体育館とビッグマッチが揃ったが、自分は新日本プロレス神戸ワールド記念ホール大会をPPV観戦した。
注目は新日本に殴り込み参戦を果たした桜庭和志、柴田勝頼の二人、桜庭と柴田は休憩明けの第6試合で井上亘、高橋広夢組と対戦。試合は広夢が先発を買って出て柴田と対峙したがエルボーを仕掛けても柴田に受け流されるどころか一発で倍返しされ、桜庭にはグラウンドで翻弄され、井上の援護でやっと反撃するがミサイルキックが自爆するとスリーパーで絞め落とされてからPKでダメ押しされ、桜庭組が速攻で完勝、気がつけば井上の出番はほとんどなく、それに頭に来たのか井上は二人に襲い掛かるも後の祭りだった。
試合後に第5試合で真霜拳號を返り討ちにした真壁刀義が名乗りを挙げ、10月8日の両国で井上と組んで桜庭、柴田を迎撃することが濃厚になった、しかしあれだけ意気込んでいた広夢が惨敗を喫するとは・・・キャリアの差といえばそれまでかもしれないがやっぱりショックだった。
メインのIWGPヘビー級選手権(王者)棚橋弘至vs(挑戦者)丸藤正道の一戦は、IWGP挑戦に向けてもう一つ調子が上がってこない丸藤が気がかりだったが、試合は棚橋が丸藤の動きを先読みしてリーブロックをストマックへのドロップキックで迎撃し大ダメージを与える、しかし丸藤も足殺しで反撃するも派手なロープワークの中心の攻防ではなく、じっくりとしたグラウンドから閃きを駆使してエゲツない攻めなどで足殺しを展開する。
終盤には丸藤の得意の動きで攻め込んでいったが、必殺技である不知火は決まったものの、ポール・シフト、タイガーフロウジョン、虎王は不発に終わり、最後は棚橋が9年前のフィニッシュになったドラゴンスープレックスからのハイフライフローで3カウントを奪い王座を防衛、G1ではレスラー棚橋に勝ったが王者・棚橋は違ったというのが出た試合だった。
これは話から少しずれるが丸藤はNOAHの象徴と言われているが、上には秋山準や杉浦貴、また自分の時代を築こうとしている森嶋猛がいる、また絶対王者として一時代を築いた小橋建太という存在もいる、彼らはNOAHで一時代を築いた選手でもあるが、丸藤はまだNOAHで自分の時代を築けていないし、棚橋は新日本でIWGP王者として一時代を築いていることを考えると、今日の敗戦は丸藤は勉強にもなったし、本当の意味で象徴となるには一時代を築かなければいけないのではと改めて痛感させられた試合だった。
試合後に棚橋の前に鈴木みのるが立ちはだかり王座挑戦をアピールした、棚橋にとって鈴木はG1で敗れているだけに避けては通れない相手、しかしセミではオカダ・カズチカが6人タッグで後藤洋央紀に敗れ、今シリーズでは高橋裕二郎が棚橋からフォールを奪うなどIWGP戦線がG1準優勝のカール・アンダーソンを含めると混迷状態となっている。
最後に休憩前に中西学が登場して10月8日の両国大会で復帰することを発表した、本人は11月の京都大会での復帰を希望したが、新日本側が大会場での復帰と中西自身も一刻も早い復帰ということ考えて、前倒しになったのではと思う。しかし野人・中西の復帰はみんなが待っていただけに、リングに上がって野人健在をアピールして欲しい・・・PR -
前哨戦でキラー秋山降臨し森嶋猛の腰を破壊!20周年目で再びNOAHの舵を握るか!?
NOAH「日テレG+杯争奪ジュニアタッグリーグ戦」の最終戦をG+で視聴、昨日で最終戦だったが、久しぶりにニアライブでの放送だった。
試合は9月17日大阪大会でのKENTAとの防衛戦で痛めていた腰が悪化したのか森嶋の腰には厚めのバンテージが巻かれていたが、場外戦での攻防で秋山が場外でブレーンバスターを敢行したところで森嶋は失速というか、普段体重を生かして投げさせない森嶋が簡単に投げられたところを見るとかなり悪い見ていいと思う。リングに戻っても秋山と潮崎に腰に集中砲火を浴びせられ、森嶋が体格を生かして反撃してもいつものようなホームラン級の威力がない・・・
森嶋も秋山にようやく反撃したが焦ってバックドロップを狙ったところで秋山はフロントネックロックで絞めあげ、ランニングニーを浴びせる、森嶋もラリアットで返すもホームラン級の威力がなく秋山の反撃を許し、最後はエクスプロイダーからの逆エビ固めで森嶋はギブアップ、久しぶりにキラー秋山が降臨し好調ぶりをアピールしたが、対する森嶋は王者でありながら逆エビ固めでギブアップという屈辱の敗戦、現時点では防衛に赤信号が灯ってしまったようだ。
そしてシリーズの主役であるジュニアタッグリーグ戦は現ジュニアタッグ王者組であるスペル・クレイジー、リッキー・マルビン組を降したZERO1の日高郁人、橋本大地組と前王者である鈴木鼓太郎、青木篤志組を破った石森太二、小峠篤司組が優勝決定戦に進出、試合は鼓太郎組との公式戦でダメージが残る石森組が劣勢に立たされる展開が続く、試合順はZERO1組が先で石森組が後だったこともあって石森組がダメージが回復しきれてないのもあるが、鼓太郎組と比べると石森組はチームとしては未完成なだけに大阪大会を見るだけでも優勝決定戦に残れるかどうか不安要素が多かった、しかし粘り強さで勝ち抜いて優勝決定戦にやっと漕ぎ着けた感じだった。
石森組もZERO1組に攻め込まれるが、石森組は懸命に粘る。そして小峠が大地をマグザム、日高にキルスイッチを浴びせて流れを変え、最後は日高の野良犬ハイキックをかわした石森が久しぶりにレポルシオンを解禁して3カウントで優勝、小峠のアシストもあったが、最後は不調だった石森が今までの汚名を晴らすことが出来た、また小峠もNOAHに移籍してからの初タイトルだけにこれは大きいと思う。
これで石森、小峠が10月8日横浜でクレイジー、マルビンの保持するGHCジュニアタッグ王座に挑戦が決定したが、ZERO1組である日高、大地組も公式戦で王者組を降していることから挑戦の権利はある、また第1試合で丸藤正道、モハメドヨネを襲撃した佐藤耕平の存在もあることからNOAHvsZERO1の戦いもまだ続くといったところだ。
そして森嶋vs秋山は森嶋が腰を悪化し不調であることを露呈したところから、現時点では秋山がリード、今の秋山は旗揚げ時の気持ちに戻って再びNOAHの舵を取る気でいる・・・・ -
大仁田厚が初代タイガー、長州力、そして小林邦昭との遺恨が再燃!
リアル・ジャパンプロレス9月21日後楽園大会で初代タイガーマスクがメインでNOAHの丸藤正道と組み高岩竜一、大日本プロレスの関本大介組と対戦。試合は初代タイガーが本家タイガースープレックス・ホールドで高岩を下したが、試合後に大仁田厚が矢口壹琅ら邪道軍団を伴って乱入し初代タイガーに対して再戦を要求しただけでなく、来場していた小林邦昭に対してもペットボトルの水をかけるなどして挑発行為を働き、これにセミで試合をしていた長州力が駆けつけ、久しぶりにキレてイスで大仁田ら邪道軍団を追い払うというハプニングは発生した。
長州と大仁田の因縁はご存知の方は多いと思うが、大仁田と小林の因縁も1度だけある、小林がジャパンプロレスの一員として全日本プロレスに参戦し1985年にダイナマイト・キッドを破りNWAインターナショナルジュニアヘビー級王座を奪取、2代目タイガーマスクこと三沢光晴を下して王座を防衛したが(2代目タイガーマスクとしては初フォール負け)、試合後に膝の負傷で引退しタレントとなっていた大仁田厚がリングサイドに現れて小林を挑発、復帰とインタージュニア王座への挑戦をアピールした。
だがジャイアント馬場さんが“引退したレスラーは復帰してはいけない”という考えを持っていたことから、大仁田の全日本での復帰を認めず、小林vs2代目タイガーの試合もTVで放送されたが全日本側の意向なのか大仁田のアピールはカット、東スポや週刊プロレス誌などで報道される程度に終わった。
大仁田は小林をも挑発したのは、このことを憶えていたからなのかもしれないが、曙だけでなく初代タイガー、小林そして長州との遺恨で大仁田の活動の場が広がったことは確かのようだ。 -
全日本プロレスとWWEが選手の貸し借りで提携へ
東京スポーツによると全日本プロレスの内田雅之社長とカズ・ハヤシ取締役が会長がWWEの前副社長で現場責任者のジョン・ローリネイティス氏(ジョニー・エース)とWWE日本公演後に会談しWWEに所属している予備軍の選手を優先的に起用するのと全日本の所属選手をWWEに派遣するということで合意したことが明らかになった。ローリテイネス氏は副社長を辞してはいるものの、現在もWWEに在籍し現場のマッチメークを担当していることから、それなりの権限もある、それを考えると9月23日にWWEと契約しているケビン・ナッシュが参戦するのは、提携の一環ということなのかもしれない。
WWEと日本の団体が提携関係を結んだのはWAR以来、新日本プロレスもかつてWWF時代のWWEと業務提携を結び王者だったボブ・バックランドを始め選手を日本に派遣していたが、新日本がWWEとのパイプ役だった新間寿氏が失脚、WWEも先代のビンス・マクマホン(シニア)が死去し現在のビンスが関係を見直したことで提携が解消され、WWEは次にSWSそしてWARと提携を結び天龍源一郎がレッスルマニアやロイヤルランブルにも参戦したが、SWSとWARをバックアップしていたメガネスーパーが撤退したことで提携も自然消滅してしまった、また全日本も四天王プロレス時代に提携の話があり、ビンス・マクマホン代表と会談寸前まで行ったが、会談直前で馬場さんが入院し死去したため、話は頓挫してしまった。
それ以降はアントニオ猪木がWWE殿堂入りしたことからIGFとの提携かとウワサされたが、結局猪木の殿堂入りだけに留まり、IGFも格闘プロレス路線となったことで話は消滅、(WWEが武藤全日本を選んだとなるとIGFのサイモン氏が怒りそうだが)
内田社長は「予備軍の選手の起用」としているがWWEはRAWやSMACKDOWNに出ている選手もWWEのごく一部に過ぎず、新日本プロレスからヘッドハンティングされたジャイアント・バーナードことテンサイ、元新日本プロレスのヨシタツもレギュラーで扱われないことから、本線にもなかなか出ることのないものの実力のある選手が全日本に送られて来るのではと思う、全日本の総帥である武藤敬司会長は「単にWWEの看板があるだけじゃ、呼んでもしょうがない」としつつも、WWEとの提携話は将来的なことを考えると悪くはない、ひょっとしたら全日本の所属選手からWWEのスーパースターが誕生する可能性だって否定は出来ないのだ。 -
近藤修司の要求・・・週刊プロレスで自分の試合の記事を書かせろ!
今週の週刊プロレスで全日本プロレスの近藤修司が自分の試合を記事にして書くことを示唆した。
きっかけはご存知の通り週刊プロレスで掲載された近藤修司vsカズ・ハヤシの試合の記事が評価が低いと怒り、8月の京都大会での再戦も「50点」と採点されたことから、近藤も自身が記事を書くことで週プロと対決する気になったようだ。
近藤の要求に対して週プロ側は見解を出していないが、1994年2月に安田忠夫のデビュー戦の相手を務めた新日本プロレス時代の馳浩、また全日本女子プロレス時代のアジャ・コングも自身の記事を書いてターザン山本時代の週プロに掲載したという前例もあることから、おそらく要求は飲むのではと思う。
記事だけでなく写真選びも大変なことから、決定となれば近藤もどういう記事を書くのか・・・ -
IGFが遂に大晦日興行開催へ、今年も大晦日は忙しい・・・
IGFが9年ぶりに「INOKI BOM-BA-YE」を大晦日に開催することを今週発売の「週刊新潮」で明らかにした。
大晦日の格闘技興行に関してはDREAMを開催してきたリアルエンターテイメントが“廃業”したことで白紙状態となっていたがジャン斎藤氏たツイキャスで「大晦日に、2つの興行がかさなる可能性もある。」「会社としてのREが仮に終了しても、ノウハウのあるスタッフがイベントに携わることは可能」とコメントしていたことから、どこかが開催する可能性があったが、その一つはIGFだったのかはどうか定かではないし、また会場なども具体的なことは発表されてもない。
開催に関しては猪木のその場限りの発想なのかというと、猪木の口から出た発言ではなく、IGF側が出していることから、IGFが開催する方向で進めていることだけは確かのようだ、元々猪木は「ひとつズバリ言うと、スポンサーが乗ってくれないんですよ、DREAMの名前が出ると、知ってのとおり、これは批判でもなんでもなくてね、スポンサーがあっての興行ですから。」と消極的だったが、IGFが根回しをかなり進めているとなれば、いくら猪木でも賛成せざる得ない。
そうなるとメインカードは藤田和之vs暴走王(小川直也)かというと、暴走王の側近である高尾淳氏が条件面が折り合いがつかず決裂したことを明かした、暴走王の条件が高額ギャラだけでなく「小川自身が最も輝ける場(リング)を用意すること。会場だけではなく、世間に響くような相手とマッチメークを要求している。」とIGFや猪木が頭を下げる形を要求していることから厳しい状況、ただ猪木やIGFも大会成功を優先を考えるとなれば可能性は決してゼロではない。
今年の大晦日も後楽園ホールで年越しプロレスが開催され、IGFも大晦日興行に乗り出した、また他の格闘技も開催の可能性がある。今年もまたまた忙しい大晦日になりそうだ。 -
秋山準デビュー20周年大会観戦記・・・秋山の挑戦はまだ続く!
今日はNOAH「GREAT VOYAGE 2012 in OSAKA vol.2~Jun Akiyama,Special Anniversary 20th~」を観戦するために大阪ボディメーカーコロシアムへ、第1競技場での観戦は2010年7月のNOAH以来の2年以上ぶり、第1競技場での観戦もそれだけ遠ざかっていたのか・・・
今回NOAHのビッグマッチを観戦する理由は秋山のデビュー20周年を祝いたいから、第4試合後に秋山のデビュー20周年記念セレモニーは行われ、まずスクリーンでは秋山のデビューからの足跡を振り返り、VTR終了後は秋山が登場して記念セレモニーがスタート、田上明社長や試合が組まれなかった斎藤彰俊を含むSATの面々、マスコミ、スポンサーや親族らが記念品を贈呈する。そして最後に入場テーマ曲「獣道」に乗って今年5月をもって引退を表明した橋誠が登場、実は一部スタッフにしか知らされてないサプライズでの登場で秋山本人も知らなかったという。自分も橋の姿が見えなかったことで“第2の人生が忙しいんだな”と思っていたが、橋が登場して思わず叫んでしまった、そして橋は秋山に「秋山さんは僕にとって、強さと怖さを兼ね揃えた理想のプロレスラーです、秋山さんの付き人を務めさせていただいて、いろんなことを教わって新しい道に進んでも役立っています、僕にとっても秋山さんは永遠の師匠です、これからも強さと怖さを兼ね揃えた秋山さんでいてください。本日は20周年、おめでとうございます」と語り、秋山と写真に収まった、秋山にとって橋は最も可愛がっていた存在だっただけに駆けつけてくれただけでも秋山は喜んでいたと思う。
そしてダブルメインイベントで秋山は潮崎豪、新日本プロレスの永田裕志と組みマイバッハ谷口、前日の博多大会から復帰した高山善廣、久しぶりに参戦した鈴木みのると対戦。試合は秋山とマイバッハでスタートしたが、マイバッハが志願したわけでなく高山と鈴木が『オマエが先に行け』とばかりに背中を叩いての先発で、これが面白くなかったのかマイバッハは自軍のコーナーに引き上げた際に鈴木と小競り合いとなり、秋山との場外戦や、潮崎や永田とも客席で乱闘、コーナー最上段からプランチャを発射するなど大暴れ、そういった意味ではこの試合のもう一人の主役はマイバッハだった。マイバッハが場外で暴れている間に鈴木と高山は秋山を捕らえるも、交代を受けた潮崎が手刀を連発して試合を盛り返す。そして鈴木から強引に交代したマイバッハが永田にチョークスラムを狙うが、永田は延髄斬りで脱出し、ならばマイバッハは秋山にマイバッハボムを狙うも秋山はフロントネックロックで返し、永田は鈴木を腕固め、潮崎は高山をスリーパーで捕獲すると、秋山と永田、潮崎が白眼となり館内は大いに盛り上がる。これで一気に流れを掴んだ秋山組はマイバッハに集中砲火を浴びせ、秋山がエクスプロイダーからのスターネスダストで3カウントを奪い、試合後は新日本の流れで永田と鈴木が乱闘となるが、最後は秋山を中心となって永田、潮崎が敬礼ポーズ、デビュー20周年を締めくくった。
ダブルメインイベント第2試合はGHCヘビー級王者の森嶋猛にKENTAが挑戦、よく考えれば生でGHCヘビー級選手権を見るのは2004年10月24日の小橋建太vs斎藤彰俊戦以来だった、KENTAは昨年のグローバルリーグ決勝、2007年3月の武道館のメインで行われたROH選手権で森嶋に敗れているだけにKENTAにとっても負けられない一戦、両者が入場してもKENTAに声援が集中していたことからKENTAにかかる期待が大きかった。
序盤からKENTAのエルボーに対し、森嶋はモリシハンマーを乱打するも体格のある森嶋に打ち負けてしまうが、KENTAはローキックで森嶋の動きを止めミドルキックで蹴り倒すと、森嶋の痛めている腰を攻め、ダイビングラリアットからSTF、ロープを使った蹴りなどで流れを掴む、森嶋はドロップキックでKENTAを場外へ出し花道へ連行して、ステージからのラリアットを狙うがKENTAはカウンターのパワースラムで応戦し森嶋は腰に大ダメージを負ってしまう。
KENTAは場外の鉄柵に森嶋をうつ伏せにして固定するとコーナー最上段からのダイビングフットスタンプを投下、ロケットキックからダイビングフットスタンプと畳み掛ける。
勝負と見たKENTAはgo2sleepを狙うが、森嶋は空中胴絞め落としで応戦しスカットミサイルを狙うもKENTAはロケットキックから雪崩式ブレーンバスターで落とすと、森嶋のモリシハンマーの勢いを利用してgo2sleepを炸裂させるも、森嶋はすぐバックドロップで返す。
KENTAは再びgo2sleepを決めるが、森嶋は椰子の実割りからボディープレスで返す、だがKENTAはGAMEOVERで切り返し、森嶋のバックドロップもGAMEOVERで切り返して絞めあげるがロープに逃げられてしまう。
これで打つ手がなくなったKENTAはランニングニーを狙うも、森嶋のホームラン級の一発であるラリアットが炸裂し、最後はモリシハンマーの乱打からバックドロップが決まり、森嶋が王座防衛。KENTAは追い詰めていたが最後の詰めが甘かった・・・
試合後には秋山が登場し森嶋に挑戦表明し森嶋も受諾、10月8日横浜での選手権が濃厚となった。秋山は森嶋に連敗しているが今日の試合を見る限りではかなり気持ち的にも調子がいい、果たして秋山が久しぶり王座を奪還し再びNOAHの舵取りをするか?森嶋もNOAHの一時代を築いた選手の挑戦だけに、NOAHを背負って立つ意味では負けられない一戦でもある。 大会全体の感想はセレモニーから終わりまで秋山準が主役、森嶋やKENTAが秋山という存在を超えるのは容易ではないということと、秋山がいる限りNOAHは大丈夫であり、秋山のあくなき挑戦はまだまだ続く・・・
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箱舟から必要とされた男・・・秋山準デビュー20周年!
今年でNOAHの秋山準がデビュー20周年を迎える、ちょうど今月G+の『プロレスクラシック』で秋山の特集が放送されたが、秋山が入門しデビューの相手が小橋建太と聞いたときは、“破格な扱いだな”というのが率直な感想、永田裕志がヤングライオンの一人として扱われたのに対し、秋山はデビューしてからトップ扱いと正反対、二人の育成に関しても新日本と全日本の違いが現れていた。それを考えると秋山は野球でいえば1位でドラフト指名を受けた即戦力ルーキー、改めて秋山のデビュー戦を見てみた、序盤こそ秋山がレスリングでの勝負に挑んで必死で食い下がっていったが、小橋も敢えて付き合ったという感じで、打撃や不意打ち的ものを食らうと失速してしまう、秋山の良さを引き出しつつも小橋が厳しさを叩き込んでいった試合だった。
自分が秋山を生で見たのは1992年の世界最強タッグ決定リーグ戦の12月2日愛知県露橋スポーツセンター大会、秋山はリーグ戦にエントリーする予定ではなかったのだが、田上明と組んで参戦予定だったジャンボ鶴田が内臓疾患で欠場となり代役に秋山が抜擢され、露橋大会ではアブドーラ・ザ・ブッチャー、ジャイアント・キマラ組と対戦、田上が秋山をリードして動かしていたが、ブッチャーのラフに苦しめられたというのが第一印象だった。
秋山は海外武者修行には出されず全日本のリングでトップ勢と対戦して経験を積んでいった、新日本だったら海外武者修行へと出されていただろうが、当時のジャイアント馬場さんは“アメリカのレスリングの質が落ちた”と考えていたことから海外武者修行というものをなくしており、馬場さんは秋山を側に置いて『リングの真ん中に立て、お前の周りを対戦相手が周ったら、お前の方が強く見えるだろ』『相手の顔を蹴るなよ、品が良くないから、品のないトップはダメなんだ』と王道哲学を叩き込んでいったが、守るものがあれば守らないものもあった。
馬場さんの教えを守らなかった部分があるとすれば、川田利明の影響だと思う。川田はデビューから破格な扱いを受けていた秋山に嫉妬して徹底的に痛めつけたが秋山もやり返した。川田との戦いから秋山は“素の感情をぶつけ合ってこそプロレスだ”というものを学び、現在の秋山のスタイルの根本を築いていった。
そして三沢とのタッグで世界タッグ王座を奪取、このときもまだ三沢のリードを受けていたという感じで四天王に並び立つまでには至らないなかったが、秋山が自分を出し始めたのは四天王の一角である田上明を破ってから、1997年1月20日の大阪府立体育会館大会で自分も生で見た試合だったがスロースターターの田上相手に速攻勝負を仕掛け、ウラカンラナで勝利を収めた試合、このときは“今年の秋山は違うぞ”と思わせたが、秋山自身は大森隆男とアジアタッグを保持してから自分で試合を動かせるようになり、メインクラスの30~40分がざらだった全日本の試合の中で、新しいことをやってみてもいいのではと考えたことで速攻勝負を狙ってもいいのではと考えた末仕掛けたものだったという、だが最近では速攻勝負を狙っても裏目に出るケースが増えてきている。
田上を破りやっと三冠王座への挑戦に漕ぎ着けるも王座奪取までには至らなかったが、小橋とバーニングを結成してから本格的にトップ取りへと動き出すが、三沢らが全日本を退団しNOAHを旗揚げ、移籍した秋山のトップ取りはNOAHへとシフトチャンジし、ディファ有明での旗揚げ2連戦では三沢、田上、小橋と連破して「NOAHの舵取りをする」とアピールしたことでNOAHの中心へと立った。
NOAHの中心に立った秋山は新日本プロレスとの戦いや、GHCヘビー級、タッグ王座を奪取し防衛することでNOAHという団体を外へアピールしてきた、旗揚げ当時のNOAHはTV中継などなくSAMURAI TVでの中継のみだった、秋山は自分が外へ話題を振りまくことでNOAHのプロレスを一人でも見て欲しいという思いから歯に着せぬ発言をするなどしてきた。NOAHも念願だった地上波によるTV中継がスタート、2004年7月10日に東京ドームに進出し秋山はメインで小橋の保持するGHCヘビー級王座へ挑戦、自分も東京まで乗り込んで観戦し、試合は35分の大死闘の末に小橋がバーニングハンマーで秋山を破り王座を防衛、この頃の小橋は絶対王者と言われるぐらいに長期政権を築き、ストップをかけるのは秋山なのではと思われていたが敗れてしまった、秋山は1度小橋を破っているものの、小橋という存在は今でも超えられない大きな壁となっている。
しかし三沢、小橋と秋山の時代はいつまでも続くわけではなかった、小橋が病気で倒れ、復帰しても四天王プロレス時代のツケが来て負傷欠場が続くことが多くなり、三沢も四天王プロレス時代のツケだけでなくNOAHがTV中継が打ち切られたことで心労が重なり社長業の激務がたたってが体形が崩れるほど体調が悪くなった、丸藤正道らへの世代交代も上手くいかず、佐々木健介を破りGHC王座に返り咲いた秋山にNOAHの舵取りを託されたが、今度は秋山が今までの激闘のツケが来て腰や肩を痛め欠場しGHC王座を返上、このときは秋山にも引退という二文字がチラついてきた。
だが秋山は三冠王座奪取とチャンピオンカーニバル制覇という目標を掲げてNOAHの選手として古巣・全日本に逆上陸を果たし、在籍時に果たせなかった三冠ヘビー級王座を奪取、三冠奪取は秋山にとってもやり残した宿題であり目標でもあったが目標を達成したからといってプロレス界から身を引くわけではない、秋山はGHC王座を奪還するだけでなく、低迷しているNOAHを復興させるという目標を掲げた。本当に復興できるのかという声もあるだろうが、一人でも目標に進んでいる限りは信じたいし、秋山準という存在がNOAHに必要とされているうちは大丈夫だと信じている。
最後に秋山準選手へ、デビュー20周年おめでとうございます! -
「DREAM」を主催していたリアルエンターテイメントが廃業・・・DREAMとは何だったのか?
格闘技イベント「DREAM」を主催していた『リアルエンターテイメント』が完全廃業したことが海外のMMAサイトに報じられた。リアル側は公式見解を出していないが、DREAMが昨年大晦日の「元気ですか!」以降興行を開催しておらず開店休業状態が続き、親会社であるFEGの崩壊の影響、青木真也や川尻達也が海外のONE FC、桜庭和志が柴田勝頼と共に新日本プロレスへ流出し、宇野薫も修斗に復帰するなど選手の拘束力がなく、DREAMの商標も日東建装社へ移管されるなど、廃業と受け止められてもしょうがないと思う。
また今後に関しては「元PRIDE幹部と2014年に再編成することについても話し合われた」とされDSE社長だった榊原信行氏が再編へ乗り出すのではと言われているが、現在の日本の格闘技は旨みのある業界ではない、PRIDEが誕生する前はUWFやリングス、パンクラス、K-1、UFCと煽りがあって格闘技ブームが起きPRIDEが誕生し、格闘技は旨みのあるビジネスとなってバブルとなったが、バブルが崩壊して一気に転がるように下り坂となり、今では焼野原に近い状態となった。
DREAMとは何だったのか?結局バブルの名残りだったとではと思う、夢と謳っているがバブルの夢から覚めることがないままだったということだろうか、それに榊原氏が再編に乗り出したとしてもゼロからやり直す気でないとDREAMの二の舞になるだろうし、ゼロから始めるとなると信用を得るために時間や労力もかかることから、パンクラスの酒井正和代表のように私財をなげうつ覚悟でやれるかどうか・・・現在の格闘技だとそれなりに覚悟がいると思う。 -
8月の月間MVP、ベストバウト ベスト興行&シリーズ決定!
8月の月間MVP、ベストバウト ベスト興行&シリーズ決定が決定しました!
8月のMVP
船木誠勝(全日本プロレス)
結果=投票数33
船木誠勝(全日本プロレス)=14
オカダ・カズチカ(新日本プロレス)=9
葛西純(FREEDOMS)=3
大和ヒロシ(全日本プロレス)=3
飯伏幸太(DDT)=1
CIMA(DRAGON GATE)=1
曙=1
戸澤陽 B×Bハルク 谷崎なおき(DRAGON GATE)=1
8月のベストバウト
DDT「武道館ピーターパン ~DDTの15周年、ドーンと見せます超豪華4時間SP!」 8月18日 日本武道館KO-D無差別級選手権
<王者> <挑戦者>
○飯伏幸太(37分26秒 片エビ固め)●ケニー・オメガ
*フェニックススプラッシュ
結果=投票数31
飯伏幸太vsケニー・オメガ(DDT 8月18日 日本武道館)=7
船木誠勝vs秋山準(全日本プロレス 8月26日 大田区総合体育館)=5
オカダ・カズチカvsカール・アンダーソン(新日本プロレス 8月12日 両国国技館)=4
関本大介vs真霜拳號(K-DOJO 8月23日 新宿FACE)=3
中邑真輔vsオカダ・カズチカ(新日本プロレス 8月5日 大阪・ボディーメーカーコロシアム)=2
KENTA マイバッハ谷口vs杉浦貴 丸藤正道(NOAH 8月25日 後楽園ホール)=2
秋山準 潮崎豪 鈴木鼓太郎 青木篤志vs森嶋猛 モハメドヨネ 石森太二 小峠篤司(NOAH 8月25日 後楽園ホール)=1
矢野通vs丸藤正道(新日本プロレス 8月12日 両国国技館)=1
天山広吉vs中邑真輔(新日本プロレス 8月12日 両国国技館)=1
葛西純vs竹田誠志(FREEDOMS 8月18日 大阪・東成区民センター)=1
怪人ハブ男vsエイサー8(沖縄プロレス 8月4日 沖縄県立武道館)=1
丸藤正道vs棚橋弘至(新日本プロレス 8月5日 大阪・ボディーメーカーコロシアム)=1
KENTAvs小峠篤司(NOAH 8月9日 後楽園ホール)=1
真壁刀義vs後藤洋央紀(新日本プロレス 8月11日 後楽園ホール)=1
8月のベストシリーズ&興行
新日本プロレス「NJPW 40th anniversary Tour G1 CLIMAX 22 ~The One And Only~」8月1日 後楽園ホール~12日 両国国技館
結果=投票数34
新日本プロレス「NJPW 40th anniversary Tour G1 CLIMAX 22 ~The One And Only~」8月1日 後楽園ホール~12日 両国国技館=14
DDT「武道館ピーターパン ~DDTの15周年、ドーンと見せます超豪華4時間SP!」 8月18日 日本武道館=11
NOAH「Shiny Navig.2012」8月9日後楽園ホール~30日会津若松・ブライダルルネッサンス中の島=2
K-DOJO「CLUB-K SUPER in新宿」 8月23日 新宿FACE=2
DRAGON GATE「STORM GATE」 8月23日 後楽園ホール=1
FREEDOMS「葛西純プロデュース興行~デスマッチトーナメント2012~」8月5日 札幌テイセンホール~27日 後楽園ホール=1
スターダム「STARDOM X STARDOM2012」8月5日 後楽園ホール=1
WWE「SMACKDOWN ワールドツアー2012」8月9、10日 両国国技館=1
DDT、ユニオン「闘うビアガーデン2021」7月29日~8月4日 新木場1stRING=1
以上に決定しました!投票ありがとうございました。
また9月の月間MVP、ベストバウト ベスト興行&シリーズを10月頃に開催します。
投票日時は未定、決定次第発表します。 -
RAW生中継での大ハプニング!ジェリー・ローラーが心臓発作で倒れる!!
9月10日 カナダ・モントリオールで行われたWWE RAWの生放送中に(日本では来週放送予定)TV解説を務めるジェリー・ローラーが心臓発作を起こし倒れるハプニングが発生した。
この日はヒールターンしたCMパンクの相手がランディ・オートン、ジェリー・ローラー、ブルータス・クレイの誰かをインターネット投票で選ばれることになり、選ばれたのはオートンでパンクvsオートンとなっていたのだが、試合中にオートンと抗争中のドルフ・シグラーが乱入してパンクに加勢、そこでローラーも乱入してオートンに加勢したことで、AJリーGMが急遽パンク、シグラーvsオートン、ローラーのタッグマッチへと変更させ試合へと突入、試合はパンクが最近結託したポール・ヘイマンと共にシグラーを見捨てて勝手に引き上げたところで、孤立したシグラーをオートンがRKOで降したが、試合後に実況席に戻ろうとしたローラーが倒れ病院に搬送されてしまい。最初はストーリーラインの一環かと思われていたが、後に本当に心臓発作を起こし昏睡状態に陥っていたことが明らかになった。
ローラーは解説者だが元々テネシー州の帝王と言われたレスラーでAWA世界王者にもなり、日本では全日本プロレスに初来日、新日本プロレスにも参戦し藤波辰爾の保持していたIWGPヘビー級王座にも挑戦、1990年代にWWEのTV解説者となったことでセミリタイアとなっていたが、2011年からは現役選手としてリングに上がりミズ、最近ではパンクと抗争を展開して金網マッチで対戦したりしていた。
RAWの最後ではWWE側はローラーは一命を取り留めたと発表されたが、ローラーも62歳になることから、体的無理をしていたのでは・・・一命を取り留めただけでも良しとしなければ・・・ -
投票ありがとうございました!8月の月間MVP、ベストバウト、ベスト興行&シリーズ賞の投票受付は午前0時をもって終了しました、投票ありがとうございました。
投票結果は明日の午後8時にツイッター上で先行発表
当ブログでは午後9時に発表します。 -
デビュー20周年を迎えた永田裕志はまだまだ“現在進行形”
新日本プロレス「永田裕志デビュー20周年記念興行 Blue Justice IV ~青義凱旋~」をSAMURAI TVのサムライブで視聴、メインは主役である永田がNOAHの秋山準、DRAGON GATEの望月成晃と組んで中邑真輔、オカダ・カズチカ、高橋裕二郎組と対戦、試合前には裕二郎がマイクを持って「永田さん20周年おめでとうございま~す。下も詰まってるし、そろそろ引退してくれよ/腐りかけと俺らのレベルの違いを見せてやるよ。これマジ。」と辛口な激励をして館内を凍りつかせたが、試合では裕二郎がラフを駆使して永田を充分に苦しめていた、G1最終戦では裕二郎が永田に完勝を収めたが、ダテにデカイ口を叩いているわけではないというものを充分に見せつけ、またオカダも先発を体格差を生かして永田を攻めるなど、時の勢いというものを永田を見せつける。しかし永田は時の勢いに対応できるキャリアがある、裕二郎に対して強烈な張り手を浴びせれば、オカダのレインメーカーに対して白眼式腕固めで切り返すなど、“永田裕志は賞味期限切れではない、まだまだ現在進行形だ!というものをアピールする、そして今回はCHAOS勢が永田に激励するかのように集中砲火を浴びせたため、秋山や望月が敢えて控えに周っていたが、秋山は中邑とグラウンドの攻防を展開すれば、望月も中邑とキックで互角以上に渡り合うなど見せ場を作る、最後は望月の三角蹴り、秋山の顔面ニーの援護を受けた永田が裕二郎を垂直落下式ブレーンバスターからバックドロップホールドで3カウントを奪い勝利、20周年を自らの勝利で華を添えた。
試合後にデビュー20周年記念セレモニーが行われ、注目の藤田和之が師匠格である馳浩衆議院議員と一緒に登場、テレビ解説を務めていた中西学もリングに登場してチームJAPANの三人が揃った、藤田は現在ではフリーとして新日本とは冷戦関係であるIGFのリングに上がっているが、今回はあくまで個人として永田を激励に駆けつけた、永田も藤田、そして中西や今回来場しなかったケンドー・カシンもアントニオ猪木や新日本プロレスの都合に振り回され、現在では別々の道を歩んでしまったが、今日限りは冷戦など関係ないのかもしれない。
前日のブログでは“目指せ!新日本プロレスのミスタープロレス”と書いたが、永田は充分新日本プロレスのミスタープロレスではなくプロレス界全体のミスタープロレスになりつつあることを感じさせ、気持ちでは負けてないことを見せてくれた20周年だった。
そして現在進行形の新日本プロレスの流れは桜庭和志と柴田勝頼の迎撃に名乗りを挙げた井上亘と高橋広夢が第1試合で対戦(タマ・トンガの欠場でまたカードが変更になったという)、試合は広夢の攻めを井上が受け流す展開が続いたが、井上が勝負を狙った逆エビを井上が必死で耐え反撃するなど奮戦、試合はジャーマンで井上が勝利となったが二人の気合が充分に伝わった試合だった。
またセミの真壁刀義、天山広吉、小島聡、田口隆祐vs鈴木みのる、ランス・アーチャー、ハーリー・スミス、TAKAみちのく戦では、真壁がTAKAにキングコングニーを狙ったところで、連日乱入し真壁を襲っている真霜拳號がまた乱入し真壁を襲撃、真壁はラリアットで蹴散らしたつもりが、そのまま会場外へと消えてしまい、その間に天山がランスのダークデイズからスミスのシャープシューターに捕まりギブアップとなってしまった。
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永田裕志デビュー20周年、目指せ!新日本プロレスの“ミスタープロレス”
永田裕志が今年デビュー20周年を迎える、自分が永田を生で初めて見たのは1993年6月10日奈良県立橿原市体育館、永田は前年の10月デビューで当時はデビューしたばかり、永田は第2試合でワイルド・ペガサス(クリス・ベノワ=故人)と対戦しいいところなく敗れた、当時のヤングライオンはデビューしていきなりSGタッグリーグ戦で藤波辰爾のパートナーに抜擢された中西学、スーパージュニアに参戦した大谷晋二郎、藤原組に出向いて藤原喜明と対戦した石澤常光が注目を集めており、永田は注目を集める存在ではなかった。
その永田が頭角を現し始めたのはUWFインターナショナルとの対抗戦から、1995年9月、横浜アリーナ大会で長州力のパートナーに抜擢された永田は安生洋二、中野龍雄組と対戦し、長州に認められて対Uインターの先兵として活躍、ヤングライオン杯は制覇できなかったが当時提携していたWCWへ海外武者修行に出発、1998年8月8日大阪ドーム大会に帰国し、凱旋マッチで若手だった藤田和之と組んで小島聡、中西学組と対戦、この試合も自分が生で観戦した試合だったが、試合は藤田が小島のラリアットでフォール負けを喫したものの、小島と中西相手に引けを取らないなど1年前とは違うというものを充分に見せ付けた、永田は9月23日の横浜アリーナ大会で蝶野正洋が返上し空位となったIWGPヘビー級王座の決定戦に抜擢されスコット・ノートン戦に抜擢され、試合は敗れたものの高い評価を受けた、ここから永田のミスターIWGPとしての道が開けたといっても過言ではないと思う。
2002年4月に永田はやっとIWGP王者となったものの、新日本プロレスは橋本真也や武藤敬司が退団、そして永田を後押ししていた長州までオーナーであるアントニオ猪木を批判して退団、新日本の内部の乱れが露呈するなど“暗黒期”へと突入、王者となった永田も猪木が推進していた格闘技路線に借り出され「INOKI BOM-BA-YE 2001」ではミルコ・クロコップと総合ルールで対戦するが、ミルコのハイキックを食らって1RTKO負け、このときの永田はファンからは「責任を取ってIWGP王座を返上しろ!」とバッシングを受けたが、それでも永田は橋本が記録した防衛記録9を破って10度の防衛記録を達成、その中で自分のベストバウトは2002年12月10日大阪府立体育会館での村上和成戦、魔界倶楽部に属していた村上は永田を大流血に追い込んだ、だが永田は白眼式腕固めで村上を捕獲、真っ赤に染まった永田の顔に白眼・・・試合は永田がリストクラッチ式エクスプロイダーで6度目の防衛に成功したがキラー永田の真髄を見た試合でもあった。
永田はその後IWGPから遠ざかるも、棚橋弘至と組んでGHCタッグ王座、ケンドー・カシンと組んで世界タッグ王座を獲得するなど他団体での存在を発揮し、また格闘技路線に借り出され2003年12月31日「INOKI BOM-BA-YE 2003」でエメリヤーエンコ・ヒョードルと対戦して1RTKO負け、ヒョードル戦の敗戦は前日まで永田の相手がヒョードルかアントニオ・ホドリゴ・ノゲイラになるかわからなかったため、ある意味永田にとって不運な部分もあり、すぐ1月4日の東京ドームでは秋山準の保持するGHCヘビー級王座に挑戦して敗れるなど、暗黒期と言われた時代の永田は損な役回りを受けることのほうが多く不遇な時期だったと思う。
新日本プロレスも猪木体制からユークス体制となり2007年のNEW JAPAN CUPを制覇した永田は4月の大阪府立体育会館でIWGPヘビー級王者となっていた棚橋に挑戦し王座に返り咲いた、この試合はスカパーのPPVで見ていたが、永田にはやっぱりIWGPがよく似合うと思ったことはなかった。
そして現在・・・全日本プロレスでは全日本ファンからブーイングを浴びることでアウウェイを楽しむようになり、TAJIRIとの抗争では敗れたときのマニュフェストとして東金市で自らかくし芸大会のハナ肇を彷彿させるいような銅像になったり、NOSAWA論外やMAZADAと組んだ際には東京愚連隊のコスチュームで登場し、またG1特訓ではナガダンスをマスターするなど、天龍源一郎のような粋なレスラーになりつつあるような感じがする、これは自分の願望でもあるが永田は新日本プロレスの“ミスタープロレス”であって欲しいと思う。
最後に永田裕志選手“デビュー20周年”おめでとうございます!
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猪木酒場が危機!?親会社が破産手続きへ
IGFの最初のメインスポンサーだった『ジー・コミュニケーションズ』の親会社である『フーディーズ』が債権者から破産を申し立てを受け、東京地裁によって破産手続きを開始したことが発表された。
居酒屋経営、飲食店経営コンサルティング
日本振興銀行関連
株式会社フーディーズ
破産手続き開始決定受ける
負債80億2800万円
http://www.tdb.co.jp/tosan/syosai/3655.html
ジー社はIGF旗揚げ時のメインスポンサーで居酒屋チェーンである「アントニオ猪木酒場」を展開し、また社内にIGFの事務所を設けるなど親密な関係といわれ、橋下徹(現・大阪市長)が府知事だった時代には文化関連事業の見直しの一環として大阪府立体育会館の売却・廃止の方針が打ち出した際には、猪木がジー社の名前を勝手に出して「府立体育会館を買収したい」と発言(後にジー社が全面否定)するなど、猪木にしてみれば“オレがツルの一声を出せばジー社はすぐIGFに金を出してくれる”協力なパートナーだということをアピールしていたが、現在はジー社はメインスポンサーからはずれ、「猪木酒場」のみの関係に留まっている。ジー社からしてみればIGFには興味はなく、猪木のキャラクターだけが欲しかったというのが本音だったようだ。その後ジー社も株式の大半をフーディーズという会社に売却していたことから傘下に収まっていたという。
親会社が破産したが猪木酒場はそのままということから現時点では影響がないが、今後どうなるかはわからないという現状は続きそうだ。